4 「死は安らぎです」
イチサンの正義を、皆さんは推測することができましたでしょうか。
先ほどの描写だけでは、少しヒントが少なすぎるかもしれません。
五十七番さんの正義を私がよく知らないように、黒路映画館の社員の中には、自分の正義を語らない人も少なくありません。
私もその中のひとりです。理由は様々でしょうが、私は単純に面倒くさいのです。私の考えは、一般的ではありませんから。
しかし、中には自分の正義を公にしている人もいます。その中のひとりに、イチサンは含まれます。
もちろん、自慢げに正義を語るのではありません。聞かれたときや、共に仕事をするようになる人には教えている、とのことです。マナーとして、人の正義についてとやかく質問する人はそうそういませんから、大体は後者の場合、イチサンは自分の考えを明らかにするようです。
私は、イチサンにスカウトされ、入社した直後に聞かされました。イチサンと共にする初めての仕事は、彼の仕事の見学でした。そのときに、彼の正義について聞いたのです。
イチサンは、黒路映画館の社員になる前から、人を何人も殺していたそうです。私は元殺し屋さんですよ、と笑っていました。
罪のない人は殺さなかったそうですが、基本的に殺さないだけであり、独自の判断基準では殺していた場合もあるためなんとも言えない、とも言っていました。
ある日、イチサンは自分を恨んでいる人に殺されかけ、自分の身を守るためにその人を殺したそうです。その際、自分はこの世の中に、恨みにまみれた人をたくさん作ってしまったのだ、と自覚したといいます。
「死は安らぎです」
イチサンの口癖です。イチサンを恨んでいる人を殺し、安らぎを与えてあげなければと考えるようになり、黒路映画館に入社したのだそうです。
イチサンを恨んでいる人を殺すのが、彼の正義です。
イチサンは、仕事の報酬として、いつも次の仕事を要求します。黒路映画館への仕事として、殺しの依頼があった場合、そのターゲットが今回のようにイチサンの過去と深く関わっている場合は、彼に仕事がまわされるような仕組みになっているのです。
今回の仕事のように、イチサンの正義の対象になり得るか否かは、本人に確認しないと分かりません。そのために、私と、八十六番さん、八十七番さんの三人が同行したのです。
小柄な男性のように、イチサンを恨んでいない場合は、イチサンの正義の対象にはなりません。その場合、イチサンは相手を殺しません。
正義に例外が出た場合は、ただのエゴイズムになりさがる、です。
私にとって初めての、イチサンとの仕事帰り、彼は私の方を見ず、とつとつと彼の過去について話してくれました。イチサンとの仕事が終わると、私はいつも、イチサンが自分の正義について話してくれたときのことを思い出すのです。
イチサンについて思いだすことは、これだけではありません。イチサンの過去の話と同時に、セットで思いだす事柄があります。それは、私が人を殺した少し後に、彼が世間話のように話してくれた、彼の夢についてです。
「死は安らぎですよ、私にとっても。私の夢は、いつか私を恨んでいる人に、殺されることなのです。私は、戦うも好きですからね。私を恨んでいる人と、全力で戦い、殺しあい、できれば殺されたいのです。素敵でしょう、ヨーちゃん。いくら君でも、この夢を邪魔したら、私は怒りますよ」
この言葉を思い出すと、私はいつも胸が苦しくなるのです。叫びだしたくなり、泣きたくなるのです。どうして、とイチサンに問いただしたくなるのです。
どうしてそんなことを言うのですか、と言えたら、どんなに楽でしょう。
あなたが、あなたを恨んでいる人に殺されるのを邪魔するのは、どうしていけないことなのですか、と本当は言いたいのです。でも、そうすると、私の彼に対する想いが、きっとばれてしまうのです。
今日も、私はイチサンにそんなことを言うはずも無く、静かに駅へと帰っていきました。
本社に戻り、他の三人とは別れました。彼らは引き続き、別の仕事があるそうです。
廊下を歩き、広間に向かうまでにすれ違った人が四人いましたが、皆イチサンの姿を見ると顔を歪めていました。殺し屋集団ではありませんから、血をまとった人を見ると、嫌な思いをしてしまうのは当然だろうと思います。
しかし、彼は彼の正義に基づいて行動したのです。それを否定されるような気がして、私は自然と、胸を張って歩いていました。文句があるなら私に言え、と言わんばかりに、です。
館長室にて報告を済ませ、イチサンとは広間で別れました。
「今日はありがと」
別れ際に、イチサンは微笑んで、血がこびりついた右手を差し出してきました。私は何のためらいも無く、その手を握りました。大きな男性の手です。少しだけ、どきどきしてしまいましたが、隠せていたかどうかは定かではありません。
「次の仕事もよろしくね」
「はい」
私は手を強く握りかえすと、歯をむきだしにしてにかっと笑ってみせました。ふふ、と笑うイチサンは満足げです。
シャワーを浴び、着替え、荷物を持って本社を出ました。駅前徒歩三分の素晴らしい立地であるアパートに戻ります。そこは、黒路映画館社員専用のアパートです。部屋に戻り、机に鞄を放り投げると、鞄からノートが一冊顔をのぞかせました。
国語のノートです。私はぎゃあと両手で頭を押さえました。宿題が課せられていたのを忘れていたのです。仕事が終わると、学生に逆戻り。眠気と戦いながら、なんとか漢字の宿題を終えて眠りに着いたのは、午前一時をまわったころでした。




