前兆
馬車の揺れで、目が覚める。
車輪が地面を踏みしめる感触と、木枠が軋む振動が、遅れて意識に染み込んでくる。体はまだ眠りの底に引き留められており、揺れに合わせて内側までゆっくりと動かされているようだった。
外からは馬の鼻息と蹄の規則正しい音が続き、それが意識を現実へと引き戻して行く。
...眠りはすでに遠い。
残ったのは一定の揺れと、これから向かう先への予感だけだった。
年相応の寝顔を晒しながら、先程まで柴田は眠りに落ちていた。
「ん...ぅぅ」
『起きたかお嬢、いいタイミンだぜ?』
「あぁ...?」
『聖都へようこそ!ってやつだ!降りてくれ』
仮にも"聖都"と言われている都市ならば、字面的に荘厳な雰囲気を醸し出す教会や祭壇、近代西洋の構造物が立ち並ぶものかと、彼女は勝手に想像していた。
『多分見たら驚くぞ?』
詰所を超え、高い壁を超えた後に、彼女の考えは一瞬にしてチリと化す。
それは、どこか雑然としていながら、人の気配に満ちていた。
舗装の荒れた道路には路面電車の線路が走り、車と自転車と歩行者が譲り合いながら行き交っている。建物は低く、看板は手描きの文字が多く、色あせた塗料が街の風貌を物語っていた。
商店街に足を踏み入れると、八百屋の店先には木箱に積まれた野菜が並び、魚屋からは氷と潮の匂いが漂ってくる。ラジオや店内のテレビからは歌謡曲やニュースが流れ、店主と客の世間話がその合間に挟まる。
まるで急に昭和の世界に来たかのような光景に気分が落ち込んでいてとは言え、思わず周囲を二度見する。
「これは」
『まっ驚くよな...これからもっと驚いてもらうんだけど...ちょっと待ってろー』
『私も予定があるからこれで』
そのまま歩みを進める。たどり着いたのは街で一番高いビルだった。
新倉と別れた後、案内された席に座る。ノアは事務員にアポを取りに向かった為、ルベルト、鮫女と俺は待機だ...と言っても。
『僕の地元では〜』
『へぇ〜そうだったんですね!』
蘇我とルベルトは仲良く喋っているが、柴田には会話する余裕なんてない。彼女は今、前の戦闘とノアに言われた事を思い出していた。
【アンタは...俺みたいになるなよ】
【お嬢...本当の意味で合理的になるんだ】
偶然じゃねぇな。確実に裏から誰かが盤面上の俺達を動かしている。
転生者トラップ、聖都への移動...星の智慧派の構成員の配置。これらを事前情報込みでやる奴なんて...俺は一人しか知らねぇ。
――イスだ
イスは多分生きている。他の幹部の可能性もあるが、今んとこあいつが第一候補だ。
生きている理由に関しては、あん時話した能力の詳細にどこまでブラフを貼っていたか分からんから深読みしねぇ。
肝心なのはどうやって俺達の行動を予測したかだ。
イスの能力は創造と認識改変、加えて限定条件付きの乗り移り。霊視で見た結果、恐らく使う度魔力は消費する。ただし燃費が極端に良い。
この二つでどうやって俺達行動を監視するか...考えるだけ嫌になってくる。
GPSに変装、認識改変にナノマシンに◾️◾️◾️◾️。乗り移りによる成り変わり。はっきり言って考えるだけ馬鹿...それでも手が無い訳じゃ無い。
俺側に切れる唯一の手札――霊視。
あれさえあれば相手がイスかどうか見切れる。だから一応会う人間全員に霊視はしてる。今んとこ反応はねぇが...この街は異常だ。サバトは中世ヨーロッパみたいな街並みだったが、ここだけ昭和日本だ。いつイスが紛れ込んできたっておかしくない。
生唾を飲み込む。イスの前じゃ情報共有すらまともに出来ねぇ、俺一人で街中のイスに警戒を続ける必要がある。俺がミスったら...また無駄に人が死ぬ。
――怖いな
思考を続ける時だけやたら冷静な自分も、街中に潜む脅威も...自分と言う人間も怖い。イリスの顔が頭から離れねぇ...マハトの顔が頭から離れねぇ...男の顔も離れねぇ...死人達が今、俺の事を見ているようで呼吸が浅くなった。
『許可取れたんでー全員ついて来い』
ビルの四階、エレベーターを使って時代感の違う部屋へ足を踏み出す。ノアに促されて入った部屋の席には、これまた世界を間違えているかのような風貌をした男が姿を現した。
『紹介しよう...彼が俺ちゃん達の協力者、聖都都市長だ』
ノアが目線を向けると、特徴的な格好を男が口を開く。
『紹介に預かった、都市長...まあ好きに呼びなさい。さてノア、彼らが新しい協力者...と言う事で良いのかね?』
『そうそう!そんじゃ後よろしく!』
溜め息を吐いた後、再び口を開く。
『確認だが...君達は私と協力し、共に戦う仲間...で良いのかな?』
「ああ」
『なら念の為言っておこう。私達転生者連合の目的は、どんな願いも叶える転生者召喚儀式の勇者報酬を独占し、それぞれの転生者の希望を叶える事。組織としてはー』
曰く、転生者連合とは第三次転生者召喚儀式から、今の聖都都市長の手によって作られた組織だと言う。規模はかなり広く、大陸全土に居を構え独自の通信方法で連携をとりながら活動しているらしい。
この独自の通信方法と言うのが肝だ。ルベルトが口を開く。
『連絡の手段は?』
『連絡にはコレを使う』
そう言って投げ渡された物を、"俺"は知っていた。
現代で言う無線機そのもの。確信した。
「それ...アンタのチートか?創造系のチートは俺にも覚えがあってな」
『?ああ私の力だとも、それが――』
やっぱ生きてやがったのか――
――イス!
見えざる刃・罠
不可視の刃を展開する。
「今度は何する気だ...いつまでも俺に粘着しやがって...もう乗り移りは使わせねぇ。霊視で魔力の起こりを見た瞬間、首を掻っ切る」
『...どうしたのかな?浮かない顔をしているが』
「とぼけんじゃねぇ。お前の能力を見間違える訳ねぇ。ここまでの出力でバコバコ作れんのはお前しかいねぇんだよ!口八丁で何かの時間を稼ぐ気なら付き合わねぇぞ...もう心に左右されねぇ...!」
強迫観念に駆られたように呼吸を荒くし、一瞬にして机の上に飛び乗りナイフを首元に突きつける。
『待て落ち着けお嬢。この人はお嬢が考えてるような奴じゃねぇ。現に俺ちゃんの加護でしっかり視ても――』
「うるさい!イスの異能は創造と認識改変だ!お前が認識改変を喰らってない保証がどこにある!?」
『だから落ち着け――』
もう俺のせいで人が死ぬのは嫌なんだよ。




