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「ほう……断るか。ならば、後悔することになるぞ、小僧。甘く見るなよ」

リョウの屋台がエクレアで人気を博し、領主からも厚遇されるようになるにつれて、彼の存在を妬み、利用しようとする影も動き始めていた。

ある日、リョウの屋台の前に、見慣れない男が近づいてきた。

男は豪華な衣服を身につけていたが、その表情はどこか傲慢で、リョウを値踏みするような視線を送っていた。

「貴様がリョウという者か。噂の『屋台』なるものと、その『食』は、まこと素晴らしいと聞く」

男は、リョウの作るタピオカミルクティーを一口飲むと、ニヤリと笑った。


(うわ、なんか嫌な予感がするな、この男……胡散臭いぞ!)

「なるほど、悪くない。だが、所詮は道端の屋台で出すような飲み物だ。私は『商会ベリル』のオーナー、ゼノンと申す。貴様のその『屋台』の技術を、我々が管理する高級レストランで専売してやろう。さすれば、貴様には多大な富と名誉を与えよう。どうだ、悪くない話だろう?」

ゼノンは、リョウの屋台スキルを金儲けの道具としか見ていないことに対して、リョウは、その傲慢な態度に反発を覚えた。


「申し訳ありませんが、お断りします。俺の屋台は、誰かの独占のためにあるものではありません。皆に、美味しいものを届けたいんです。この屋台は俺のものだ!」

(こいつ、俺のスキルを独り占めしようとしてる……絶対に断ってやる!俺の屋台はもう切っても切れない半身だ!)

リョウのきっぱりとした返答に、ゼノンの顔から笑みが消えた。


「ほう……断るか。ならば、後悔することになるぞ、小僧。甘く見るなよ」

ゼノンはそう言い残し、立ち去った。

リオンとガウルは、その男の背中を睨みつけていた。

「リョウ、あの男は危険だ。裏で何を企んでいるか分からん。気をつけろ」

リオンが警戒するように言った。

(リオンの言う通りだ。ただじゃ済まないだろうな……腹が立ってきたぞ!)

ガウルも頷く。

「あんな奴に、リョウの飯を独占させるわけにはいかないぜ!許さねぇ!」


ゼノンの脅しは、宣言通りそれだけでは終わらなかった。

数日後、町に奇妙な噂が流れ始めた。

「あの『屋台の兄ちゃん』の唐揚げは、食べるとお腹を壊すらしいぞ。気をつけろ!」

「最近、真似した屋台が出ていて、そこの料理に毒を盛っているとか……。近づかない方がいい!」

噂は巧妙に広められ、リョウの屋台への客足が遠のいた。

リョウは、偽の屋台が粗悪なホットドッグを売っていたことを思い出し、これがゼノンの仕業だと確信した。

(まさか、こんな陰湿なやり方で来るとは……。俺の『食』の信用を落とそうとしているのか!許せない!)


さらに、リョウの屋台の近くで、不審な人物がうろつく姿が目撃されるようになった。

彼らは、リョウの調理方法や、屋台が変化する瞬間を盗み見ようとしているようだった。

(くそっ、見られてる……。屋台が変形する瞬間を見られていないか?スキルまで疑われたら厄介だ。どうすればいいんだ!)

しかし、悪質な噂はそれだけではなかった。


「あの屋台は、獣人が作っているらしいぞ。怪しいな!」

「獣人が触った食べ物なんて、毛が入っているんじゃないのか?不潔だ!」

「獣人の体からは、妙な匂いがするって聞くぞ。食い物が腐りやすいとか……近づかない方がいい!」

獣人と一緒にいるリョウの屋台を狙った、露骨な差別と偏見に満ちたデマが流れ始めたのだ。


リオンとガウルは、その噂を耳にするたびに、怒りと悲しみが入り混じった複雑な表情を見せた。

特にガウルは、何度もその場で噂を流す者たちに掴みかかろうとするのを、リオンが必死で止めていた。

「リョウ、俺たちがいる!負けるな!こんな噂に負けてたまるか!」

「食で、奴らを黙らせてやるんだ!美味い飯でぶっ飛ばしてやる!」

リョウは、ゼノンの陰謀と、それに便乗した獣人への差別という二重の苦しみに直面した。


しかし、彼は挫けなかった。

リオンとガウル、そしてギルドのエリナやグラハムといった信頼できる仲間たちが、彼の支えとなっていたからだ。

リョウは、より一層、質の高い「食」を提供し続けることを誓った。

彼の屋台は、単なる商売の場ではなく、この都市で生きる人々との「絆」を深める場所へと変わっていったのだ。

そして、この騒動は、リオンとガウルが、これまで語ろうとしなかった獣人族が人里から離れた過去や、人族との間の深い因縁を、少しずつリョウに明かしていくきっかけにもなっていった。



数日後にはゼノンが流す悪質な噂と、獣人への差別的なデマは、徐々にリョウの屋台に影を落とし始めていた。

客足は以前より鈍り、町の人々の視線にも、どこか疑念が混じるようになっていた。

「これじゃあ、せっかくの美味しい飯が台無しだ!なんとかしないと!」

リョウは、この状況を打開しなければならないと強く感じていた。


ある日の閉店後、リョウはリオンとガウルと共にギルドマスターのグラハムの執務室を訪れた。

そこにはちょうどエリナもいた。

「ギルドマスター、エリナさん。ご相談があります」

リョウは、ゼノンの独占要求から始まり、毒物混入の噂、偽屋台の出現、そしてリオンとガウルが獣人であることへの差別的なデマに至るまで、これまでの経緯を全て話した。

リオンとガウルは、辛そうに顔を伏せていたが、リョウの言葉を遮ることはなかった。

グラハムは、リョウの話を真剣な表情で聞くうち、だんだんと彼の顔には怒りがにじみ出てきた。


「なるほど……ゼノンめ、そこまで卑劣な手を使いおったか!そして、獣人への差別的なデマまで……。これでは、リョウ殿の商売だけでなく、ギルドの信用、ひいてはエクレアの町そのものの名誉にも関わる問題だ!許せん!」

グラハムは拳を握りしめた。

「ギルドとして、この件は看過できん。リョウ殿、我々も全面的に協力しよう。まずは、この噂の出所を突き止める必要がある。絶対にゼノンを許さん!」

その時、エリナが静かに手を挙げた。


「ギルドマスター、私に潜入捜査を担当させてください。この状況は私にしかできません!」

リョウは驚いてエリナを見た。

エリナは、ギルド職員の制服ではなく、普段着に近い地味なローブを身につけていた。

よく見ると、彼女の耳はわずかに長く、しなやかだ。

(そういえば、エリナさんって、初めて会った時からどこか人族とは違う雰囲気があると思ってたけど……まさか!)

エリナは、リョウの視線に気づいたのか、静かに微笑んだ。


「実は私、エルフなのです。長寿の種族ゆえ、人族の社会には様々な形で溶け込んで、情報を集める術を心得ています。ゼノン商会のような、表向きは堅実でも裏に闇を抱える場所での情報収集は、人族のギルド職員では難しいでしょう。私が適任です」

エルフ――人里離れた森の奥で暮らす、神秘的な種族。彼らが人族の町で活動していること自体が珍しい。リオンとガウルも、エリナがエルフだと知り、驚きと同時に安堵の表情を浮かべた。


「リョウ、エリナは頼りになる。奴らの尻尾を掴んでくれるはずだ!これは心強い!」

リオンが言った。グラハムはエリナの申し出を快諾した。

「うむ、エリナならば適任だろう。くれぐれも無理はするなよ。期待しているぞ!」

エリナは頷くと、表情を引き締めた。

「はい。必ずや、ゼノンの悪事を暴いてみせます。ご期待ください!」

こうして、リョウの屋台を守るための、ギルドとエルフのエリナによる水面下の反撃が始まった。



エリナがゼノン商会に潜入捜査を開始する間、リョウはリオンとガウルと共に、悪質なデマが流れる原因となっている、獣人族と人族の間の因縁について、深く考えるようになった。

「このままじゃ、リオンたちに申し訳ない……」

ある日の夜、屋台の営業を終え、リョウがリオンとガウルと三人で宿の部屋でくつろいでいると、ガウルが口を開いた。


「リョウ……今日の噂、俺、正直辛かったぜ。屋台の前で、わざと聞こえるように『獣人の作った食い物なんて、不潔で病気になりそうだ』とか、『あんな毛むくじゃらの奴らが触ったものなんて、汚くて食べられたもんじゃない』って言いやがって……」

ガウルは、普段の豪快さが嘘のように、俯いて肩を震わせていた。

リオンも静かにガウルの背中をさする。


「ああ……人族の、あの偏見は根深いからな。仕方ないと言えば仕方ないが……今は差別化をなくそうと受け入れてくれる人族もいて、少しは関係が改善されてきていると思っていたのにな」

リオンが静かに言った。

リョウは、二人の苦しそうな様子を見て、胸が締め付けられる思いだった。

「リオン、ガウル……もしよかったら、教えてくれないか?どうして、獣人族は人族からそんな風に言われるんだ?俺が初めて村に着いた時も、皆、最初は俺を警戒してたよな?」

リオンは、しばらく沈黙した後、重い口を開いた。


「リョウには、隠すことじゃないだろう。……獣人族と人族は、かつては共に暮らしていた。だが、遠い昔、大きな戦争があったんだ」

リオンは、暖炉の火を見つめながら、ゆっくりと語り始めた。

「その戦争で、人族は獣人族を裏切ったと言われている。あるいは、獣人族が人族を裏切ったとも。どちらが真実かは、もう定かではない。だが、戦争のきっかけは、互いの子供が犠牲になったことだとも言われているんだ。獣人の子供が人族の策略で死んだ、あるいは人族の子供が獣人の手にかかった、と。それが引き金となり、憎しみは際限なく膨らんでいった」

ガウルは、苦しそうに顔を上げた。


「その中で、人族は俺たち獣人族を徹底的に貶めた。俺たちの毛並みを見て『まるで汚れた獣だ』と唾を吐き、狩りで得た獲物を運んでくる俺たちを見ては『野蛮で衛生的ではない』と嘲笑った。時には、俺たちの村の水を汚し、『獣の血が混じった劣等種が飲む水など、病気の元だ』と触れ回った奴らもいた。子供たちが病で苦しむ姿を見ても、『獣だから仕方ない』と冷たく言い放つ奴らもいたんだ。俺たちの歌や踊りを『奇妙な儀式』と馬鹿にし、『裏切り者の獣は、人族の真似事しかできない』と言葉の限り侮辱したんだ……。ひどいもんだろ?それを聞いたら忘れられねぇよ」

リョウは息を呑んだ。まさか、そんな悲しい歴史があったとは。


リオンは、故郷の村を思い浮かべるように目を細めた。

「だから、リョウが初めて村に来た時、皆は警戒したんだ。お前も、いずれ俺たちを裏切るんじゃないかと……。だが、リョウの飯は、そんな俺たちの心を溶かしてくれた。お前の作る美味い飯には、人族も獣人も関係ない。ただ、美味いと、心からそう思わせてくれたから……本当に感謝してるんだ」

ガウルも頷く。

「リョウの飯は、俺たちに希望をくれたんだ!だから、あんなデマに負けてたまるか!俺たちは負けないぜ!」

リョウは、リオンとガウルの話を聞き、改めて自分の屋台が持つ「食」の力の大きさを感じた。


そして、彼らがどれほどの偏見の中で生きてきたのかを知り、ゼノンの悪質なデマに対する怒りがこみ上げてきた。

(俺の屋台は、ただ商売をするだけじゃない。俺の「食」で、この世界の偏見を少しでも変えたい。リオンとガウル、そして他の獣人たちが、堂々と生きられる世の中にしたい!絶対に変えてやる!)

リョウの心に、新たな決意が宿った。

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