もう一人
ケイネスとピエタの立ち位置が前の話と大幅に変わりましたm(__)m
少年の名はケイネス・ラ・ジェルと言った。少し変わった名前は祖先が違う国の出身だから、らしい。もはやその国も無いので意味は無いと笑っていたが。ジェル家――。どこかで聞いたことのある名前だと思えば、帰り道にブライトが教えてくれた。
四大名家の一つだと。
かつてこの国は王制であった。その王を輩出したのはその四大名家と呼ばれる家々で――昔であれば『公爵位』を持つ天井の人々だ。
近代王を輩出した『ジェル家』。王の祖となる『エネス家』。最も王を輩出した『ラウンド家』。賢王を輩出した『サザール家』。
……お分かり頂けただろうか。『エネス家』が出ていることに。世が世なら私はブライトとも出会わなかったかもしれない。成り上がりの平民だからね。私。どこをどう辿っても平民。その上、この成だしね。どう考えても接点はゼロ。
昔冗談で『王様ごっこ』をしたら頬を無言で抓られた。
ちなみに王家は当代王は処刑。その他国外追放となっている。ので今でも他国でのんびり生きているとか何とか。
まぁそれは置いておいて。
なぜそんな人間が神官なんてしているんだろう。正確には見習いらしいけれど。
「えっと。エネス様は招待してませんが? ええとそれと貴方も」
誰。私を家まで迎えに来たケイネスは訝し気にケイネスはブライトとエドガーを交互に見つめる。
「神殿嫌いだから。あ、後護衛しないといけないし」
その関係者に向けていつも通りの笑顔でいう事ではない。ただケイネスは一つだって気にも止めていない様子であるが。それは良かったと軽く安堵の息を吐いていた。と言うか何時から義務になったんだろう。護衛が。ちなみにケイネスも色からそれなりの実力があるのは分かる。そのつもりで迎えに来たのだろう。あと神官に手出しするものは少ないし。
それにしても。エドガーに至っては目をキラキラさせているなぁ。
「あ。俺はエドガーた。レーネっちにべんきょ教えてもらおうと思って来たら、楽しそうだったから」
え、楽しそうに見えたかな。ただ、神殿――正確には離れにある宿舎――に行くだけなんですが。信心深いのだろうか。私と付き合っている時点でそうは見えない。
そう言えば宿舎と言え神殿は神殿。入ってもいいのかと聞けば、神殿の持ち物ではあるが神殿ではないので構わないらしい。誰も気にはしないだろうと投げ捨てる様に言っていた。
なる、ほど。
「……レガシ様」
静かに呼ぶ声に私は我に返っていた。
なに。この顔ぶれ。という顔をして見られても。私が何かを言った所で疑問符を付けて強引に付いてくるだろう。もうこれは諦めてもらうしかない。
ケイネスは溜息一つ。仕方ないといった感で宿舎に向けて歩き出す。当然と言っていいのか何なのか神官と美形二人。そしてフードを目深に被った私。謎でしかない組み合わせはよほど奇異に見られたらしく声をかけてくるものは居なかった。
……通報されなかっただけいいとしよう。
「ここです」
神殿から離れたところにある宿舎。その門を軽く押すとぎっと軋む音がして重々しく開く。華やかな神殿とは違い木製のそれは随分、草臥れて見えた。恐らく手入れはされているのだろうが、木の廊下は歩くたびに軋む。古さは隠しきれてはいない。
くすんだ白い壁紙。それを見上げながらエドガーが物珍し気に口を開いていた。
「神官が住むところって――本当に質素なんだな。何もねぇの」
ケイネスの浮かべた苦笑。どこか侮蔑を含めている気がしたのは気のせいだろうか。
「ここは下働きたちや、僕みたいな見習いが住む錬ですので。正式な神官が暮らす錬は別にありますし――それに神官長様やそれに連なる人たちは家一軒与えられたりしていますので、そうでも無いんですよ」
「君には少し狭く無いのかな?」
ブライトの言葉に『いえ』と短く声を重ねる。そう。忘れていたけどいい所の子供だ。私もブライトもそうだけど。広くて清潔な部屋で育ってきたことだけは分かる。嫡男だって聞いたし。大切に育てられて来たのだろう。恐らくは。
同じような境遇。『歪んでいない』ケイネスを見て、ちらりとブライトに目を向けた。
なぜ歪んだし。……神官見習いにでもなれば良いのかな。おじさんとおばさんに今度進言してみようかな。そしたら何かに目覚めて世界の敵みたいにならないで済むかもしれない。
真剣に考える私に小首を傾げるブライト。それから目を外してケイネスの背中を追う。小さな部屋の前で立ち止まってから、軽くノブを回した。
小さな何もない部屋だ。まるで質素そのものを絵にかいた部屋だと思った。
小さな小窓にはカーテン一つ掛かっていない。埃っぽい部屋。その小さなベッドの上で足をプラプラさせ、少女が本を読んでいた。十歳前後だろうか。ケイネスにをよく似た面差しの少女で『妹』と言われたら納得はいく。が――。
少女の髪は白い。その目は血のような赤で。白い肌というより青白い肌をしている。少女はぱちぱちと大きな目で私たちを捉えてから、怯えたような双眸で『兄さま』とケイネスに声をかけていた。
正直――『同族』を見るのは初めてだったので、私は息を詰まらせて立ち尽くすしかなかった。
いや――だって。本当に私以外存在したのかと。
コトンとむ音を立てて落ちた本をケイネスが拾い上げて少女に笑いかける。
「大丈夫だよ。ほら、このお姉さんもピエタと一緒だ。害したりはしないし、後ろのは――背景と思ってくれればいいよ」
少女――ピエタは考える様にして私を見ると漸く口を開いていた。
「……痛くない?」
「痛い?」
何が? 傷でもあるように見えるだろうかとくるくる自分の身体を見回すが綺麗なものだ。
もしかしなくても心配してくれているのだろう。色なしは何かと危ないから。なんて優しいんだ。兄妹そろって。
私は膝をついて少女の手を取っていた。痩せて骨ばっていて、カサカサ。傷だらけの手。そこにはいろいろな傷があって私は顔を顰めてしまう。きっと――酷な毎日を過ごしてきたのだろう。私では想像が付かないような。自分がいかに恵まれているか再認識させられる。
これが『私たち』の普通なんだ。私には分からない『普通』に痛みを覚える。だけれど――きっとそれを表に出すのは違うと思うから。
痛む心を隠す様にヘラリと笑った。
「ううん? 大丈夫だよ。ピエタは大丈夫?」
「私はね。兄さまがいてくれるから大丈夫なの。『みんな』消えてしまったけど。お姉さんは消えないよね?」
「……消え……」
不穏な言葉にドクンと心臓が鳴ったが、かき消すようにして声が響く。かつかつと隣にしゃがんだエドガーはニコニコと笑う。
「そんなことより。ピエタちゃんだよな。俺はエドガーで、そっちの胡散臭いのがブライトだ。そこのお姉さんの友達なんだぜ?」
「ともだち。白い子じゃないのに?」
なんで。
今度は大きな赤い目をブライトが覗き込んで微笑む。天使のような美貌で。さすがのピエタも一瞬見惚れたような息を吐く。少し背後から殺気がしたのは気のせいだろう。シスコ――と呟きそうになったエドガーの口を摘まんでおいた。
あれはそう。過保護だ。家の双子とそう変わらないと思う。ブライトと昔話しているときも同じような殺気を感じたし。
こんなものなのだろう。家の双子がシスコンだなんて、そんな……。
……考えないでおこう。
そうこうしている間にブライトが軽くしゃがんでピエタに目を合わせた。
「君は僕と友達にはなってくれないのかな。寂しいんだけど。レーネと友達になるなら僕とも友達になってもらわないと困るよ?」
「え。俺、何気に友達から外されているような気がするんだけど……友達だよな?」
気のせいだから。気のせい。とどこかしょんぼりするエドガーに言い聞かせて――気のせいではない。なんだか知らないけど、わざとだ絶対――私はピエタに向き直った。未だ戸惑ったような顔がそこにある。
「私は、レトレーネ・レガシ。お名前は?」
「あの。ピエタ・ジェルです」
と言うことはジェル家の――。本当に兄妹であるようだった。