日米協調
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2022年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
その昔、アメリカで醤油は身近なものではなかった。
今でも醤油そのものはメインの調味料ではない。
ただ、醤油を使ったTERIYAKIソースというものは馴染み深いものとなった。
日本の醤油メーカーが、肉料理にも合う醤油ベースのソースをと販売促進の為に考案したものだが、思いの外アメリカ人に受け入れられた。
元々照り焼きとは魚料理の技法だったのだが。
その後、逆輸入されるような形で、テリヤキバーガーというものも生まれる。
ハンバーガー自体アメリカの料理だし、アメリカで食べた照り焼きソースのハンバーグステーキを
「ハンバーガーとしてパンに挟んだらいけるかも」
と思いついた事がきっかけのようだ。
寿司もまた、SUSHIとして世界に広まった和食である。
海外では握りよりも巻物が好まれるが、海苔の黒い見た目を「カーボン紙のようだ」と嫌がり、シャリが外側を向いた裏巻きとなっている。
カリフォルニアロールとかロブスターロールとかは、日本人には
「またアメリカ人好みの寿司モドキね」
みたいな扱いをされるが、海外の好みがそのまま受け入れられたものにサーモンがある。
伝統的な日本の江戸前寿司では、寄生虫が怖いから鮭の握りは存在しなかった。
江戸ではそもそも鮭が獲れず、当時は他の地域から新鮮なまま運ぶ技術も無かったからだが。
ノルウェーが、寄生虫が着かないよう育てた養殖タイセイヨウサケの販促をした結果生まれたのがサーモンの握りとなる。
今では回転寿司の人気メニューとなっているし、シアトルロールというサーモンの巻物も存在する。
「さて、試食して欲しい。
大豆ミートのハンバーグステーキ、テリヤキソースだ」
マツバラ料理長が提供したのは日米両国の前首脳が訪問する際に出す料理の試作品である。
宇宙ステーションでは新鮮な生肉が無い為、代用品を使っている。
ソイミートのハンバーグは不味くないが、本物の肉のハンバーグとはやはり何か違う。
そこでテリヤキソースを使って、その差を余り感じさせないようにしたのだ。
「そのまま食べても良いし、バンズと焼き玉ねぎも用意した」
前大統領の好みからいって、ハンバーガーにするのが目的だが、現時点の周囲の日本人飛行士からしたら
「ハンバーガーじゃなくて米食べたい気分」
かもしれないので、パンの他にライスバーガーに出来る米のバンズも用意している。
更に
「通常のソイバーガーも用意した」
とテリヤキソースで味付けしていないパテと、ケチャップ、マヨネーズも出す。
マツバラ料理長は、一個発明(という程大したものでもないが)をしていた。
ケチャップやマスタードをハンバーガーに差すディスペンサー。
これの先が詰まると、押し出す時にブチュっという音と共に、飛び散るような出方をする。
これは無重力かつ機械の塊である宇宙ステーションでは問題だ。
そこでキャップに詰まり取りをつける。
これくらいなら普通に考えつくが、彼はより詰まりを取りやすくする為の改造を行った。
日本人飛行士が持ち込んだ、歯間の食べかすを取るブラシをヒントにしたのだ。
通常のピン状の詰まり取りより長く、奥まで掃除が可能だ。
ブラシ自体が付着物で機能低下する為、必要に応じて付け替える。
これにより、ケチャップを出す際のブチュッを減らす事が出来るようになった。
これも微妙ながら、日米の知恵の合体と言えよう。
「あと、スモークサーモン。
この宇宙ステーションに燻製装置があるのは素晴らしい。
これで長期保存が可能となっているし、冷凍したものも焼く以外で美味く食べられる。
スモークサーモンそのままでも良いが、チーズとバゲットも用意した」
これもまた、両首脳……というか前大統領を意識したものだ。
普通におつまみとしても、バゲットを切ったものにカナッペとしても食べられる。
なお付け合わせは「ワサビ醤油マヨネーズ」という、和洋折衷ものである。
「ところで、このスモークサーモンって、実際には鮭じゃないんでしょ?」
材料はトラウトサーモン、ニジマスを海で養殖したものである。
日本ではシロザケを鮭と言うが、北米ではキングサーモン(別名マスノスケ)、ギンザケ、ベニザケ、カラフトマス(別名ピンクサーモン)、タイセイヨウサケ、そして養殖のトラウトサーモンをサーモンとして食す。
「トラウトなのにサーモンというのは食品擬装のような」
「まあまあ、サーモン以上にトラウトは活躍してますから」
「何の話だ?」
「ともかく、トラウトも美味しいぞ」
そう言っておにぎりを差し出す。
解凍したものを焼き魚にしても良い。
その切り身をおにぎりの具とすれば、塩鮭とはいかないが、コンビニの鮭おにぎりにはなる。
むしろ最近の日本人は、塩分控えめを好む為、カリカリに焼いて塩が浮いて来るような塩鮭を好まず、甘塩の焼き魚とか、蒸した鮭の切り身なんかを好む傾向にある。
「うん、美味いね」
「そう、トラウトは日本と相性が良いですから」
「何の話だ??」
食糧は基本的に備蓄に頼り、足りないからと言ってスーパーマーケットに簡単に買い出しに行けない宇宙ステーションでは、国際的に色々出て来る要求に対し知恵と工夫で応えていく為、こういう料理における日米の合作も需要なのであった。
おまけというか雑談:
ロサンゼルス・エンゼルスの主力打者マイク・トラウト。
以前はティム・サーモンも居た。
リリーフ投手にキハダも居る。
……シアトル・マリナーズのトロ選手が移籍して来たら、魚介系が強くなるなあ。
なんてトラウト・サーモンの話を書きながら思ってました。
……500話目がこんなんで良いのかな?




