おやつの時間
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2022年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
宇宙ステーションに滞在する飛行士には、僅かではあるが個人の好みの食べ物の持ち込みが許されている。
ISSでは日本人飛行士の食品が人気だったりする。
ある時、某日本人飛行士着任前に彼の個人用食品が持ち込まれた。
その食品がステーション内に置かれているのを見たアメリカ人飛行士が
「これはこの前離任した飛行士の置き土産だな。
よし、食べよう!」
と言って一部を食べてしまった事がある。
途中で
「あ! 名前が似てるだけで、前任の置き土産じゃなく、次に来る飛行士の物だ」
と気づき、着任時に平謝りする事になったが。
日本独自の宇宙ステーション「こうのす」においては、この個人持ち込み量がもう少し多い。
事前にチェックは行っているが、保存が効く乾き物とか、インスタント食品なんかは個人の好みのものを持ち込める。
紅茶のティーバッグとか、カロリーや糖分を計算した上でのお菓子とか、そんなものもある。
面白いのはふりかけだ。
ふりかけご飯にする為のものだが、無重力では「振りかける」という行為そのものが出来ない。
内容物が散乱するだけだ。
そこで、この為だけに遠心分離調理装置を使った「自動ふりかけご飯製造器」なる茶碗載せアダプターを開発したというのは、十数年連続でイグノーベル賞を受賞する日本人っぽい頭脳の無駄遣いかもしれない。
日系アメリカ人のマツバラ料理長の国アメリカだって、本家ノーベル賞の他にイグノーベル賞だって大量受賞している国だ。
第一、イグノーベル賞なんてものを考えたのがアメリカだ。
日米英というのは「才能の無駄遣い三巨頭」ともいえる、変態研究者排出国だったりする。
そんな「知の変態の国」アメリカ出身のマツバラ料理長も、日本人の食の妙な嗜好は理解出来ない部分があった。
「それは何ですか?」
「え? カリカリ梅だけど」
「酸っぱいんですか?」
「酸っぱいよ」
「それを何でデザートに食べるのですか?」
「いいじゃないか、人の好みにケチつけないで」
「よく分からない」
「それは何ですか?」
「酢昆布だけど、何か?」
「酸っぱいんですか?」
「甘酸っぱくて、しょっぱいアルよ」
「アル?
何故その口調?」
「いいじゃねえか、てめえ。
人の好みにケチつけると立派な大人になれないアル。
白髪で天パ、死んだような目をした、まるでダメなオッサンになるアルよ」
「まったくもって、食ってる理由も、その口調も分からない」
「それは何ですか?」
「ところてん。
黒蜜かけてるから、甘いぞ。
酸っぱいものに文句があるようだが、甘いからね」
「材料は?」
「材料?
海藻の天草だね」
「海の雑草?」
「そう、海藻」
「それを何でデザートに食べるのですか?」
「酸っぱいのじゃなくても文句があるのか?」
「質問を質問で返さないで下さい!
それに酸っぱいものに文句を言っているのではないです!」
「それは何ですか?」
「我が故郷の味、小倉トーストだ。
アメリカのデザート並に甘いぞ!」
「どう見ても豆を使ってるようですが?」
「うん、小豆を甘く煮ているね」
「理解出来ない。
豆を甘くして食べるとか、考えられない。
それはスープとかの具でしょう?」
「一々ケチつけてるなあ……。
豆を甘く煮て、君に何か困る事でもあるのか?」
「困る事は無いが、だが何かしっくり来ない」
「それは……煮干しってやつですよね。
出汁を取る為の。
なんでおやつで食べてるんですか?」
「これはピーナッツも混ざってるし、こういうものなの。
カルシウム摂れるんだから、良いじゃないか」
「……本当に何故そういうのがデザートになるのか、分からない!」
つまり、砂糖と小麦粉と生クリームとバターとフルーツとかで作る甘いお菓子とは別で、梅だの昆布だの海藻だの小豆だの小魚だのがおやつになっている事が、どうにも気持ち悪いようであった。
酸っぱい味に文句があるのではない。
アメリカだってレモンパイとか、日本のものより酸味が強いアップルパイを好んでいる。
そうじゃなくて、それって夕食の材料じゃないの?ってものを、カリカリカリカリ、ポリポリポリポリ食べるというか、しゃぶっているのがイマイチ理解出来ないのであった。
「アメリカ人だって、トウモロコシから作られたしょっぱいポップコーンとか、メジャーリーグなんかでダグアウトの選手が食ってるヒマワリの種とか、そんなのをおやつで食べてるじゃないか。
……宇宙ステーション内でヒマワリの種をぺっぺと吐き出されても困るけど、ポップコーンはアリかな。
ポテトチップだって主食系だし、一々
『ホワーイ・ジャパニーズ・ピープル……』
とどこぞの証券アナリスト系芸人みたいにツッコミ入れなくても良いんじゃないか?」
船長が茹で枝豆を摘みながら、料理長を嗜めていた。
よくよく話を聞くと、マツバラ料理長の両親はアメリカナイズされた食生活だったが、父方の祖父母(日系一世で二人とも元日本人)は得体の知れない物を美味しそうに食べていたという。
「まあ料理学校で習うとか、レストランで提供されるお上品な料理でない駄菓子とか、パティシエとしてやってなければ日本の甘味は驚くかもしれないね。
でも、まあ慣れようよ。
どうだい、宇宙用特注品もあるし、君も食べてみないか?」
齧っても粉が飛び散らないようプロテインコートされた柿ピー、う◯い棒、やはり海藻を使って作る練り羊羹のパックを食べて日本のおやつも悪くないと感じたマツバラ料理長。
それが宇宙着任からすぐの話で、今はこうであった。
「みたらし団子作ったぞ!
飛び散らないよう、醤油の餡は固めにして対策はOKさ。
あと、日本のダース◯ーダー、マサムネ・ダテが考案したZUNDAというEDAMAMEのペーストにもチャレンジしたから食べてみてくれ!」
宇宙ステーションという閉鎖空間で、様々な人と長期間生活するには、こういう適用力とバイタリティが必要なのであった。




