そしてアメリカでは
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2022年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
日本以外において、交渉の際に最初から妥当な線を提示するのは愚策だとされる。
まずは吹っ掛ける。
色々言って、相手にも色々言わせて、そこで落ち着く線を模索する。
かつてウィンストン・チャーチルは
「日本人はこちらの要求にすぐに応じる。
これでは外交的にポイントにならない。
だから本国の方で、もっと相手に要求をするよう命じる。
すると日本はそれも受け入れる。
ならばもっと、と繰り返していると
『ここまで譲歩しているのに、貴方も分からない方だ。
ならばよろしい、最早これまで』
とブチ切れてしまう。
結果、我が国はシンガポールを失ってしまった。
そんな力があるのなら、最初からもっと主張して欲しい」
とボヤいたとされる。
チャーチルの時代とは違い、最近では日本相手の交渉は
「最初から落し所を提示して、その上で細部をすり合わせる」
「変に吹っ掛けると、その場では黙って従うが、その後は二度と信頼を得られなくなる」
「納得出来る線に最初から設定すると、以降は驚く程信用してくれ、サービスまでしてくれる」
と「先進国」や中東諸国には知られた為、双方がストレスを溜めなくなった。
……いまだに途上国では「最初に吹っ掛ける」「取引は駆け引きだから、騙される方が悪い」をやって、以降信用されなくなるとか、ある線を踏み込めて敵視される事をしてしまうが。
前置きが長くなってしまった。
アメリカは、日本相手には実務実務で動くが、同国人相手だと相変わらず「最初に吹っ掛ける」をする。
前大統領の宇宙行きに対する我がままも半分はそれであった。
特に前大統領の特徴として、先に思いっ切り主張しておく。
相手が啞然とするレベルの事を言う。
今回NASAは、それを拒否しても良い。
打ち上げないとは言っていない。
だから贅沢を言うな、と。
余り贅沢を言うなら、それへの対応で予定通りの打ち上げは出来なくなるぞ、という事実に基づいた拒絶が出来るのだ。
まあそれをやると完全に決裂してしまう危険性がある為、受け入れ可能な部分はやっても良い。
アメリカは駆け引きで吹っ掛ける部分もあるが、一方で日本同様「最初から結論」で話す部分もある。
ヨーロッパとか中東諸民族の場合、駆け引きそのものを楽しむ癖がある為、吹っ掛けない、あるいは唯々諾々と受け入れるのは「俺たちとコミュニケーション取る気が無いのか?」と思う部分もあったりする。
それに比べアメリカは、ヨーロッパ人から「田舎者」と言われるくらいに、率直で短気だ。
問題はしょっちゅう「相手もこれくらいなら大丈夫だろう」という線を見誤る事だが、それでも案外日本との交渉では相性が良い。
お互い付き合いが長くなって落着点が見えて来ているのと、「会議は踊る」を好まない傾向がある為だ。
前大統領のわがままも、半分は「これくらいなら、お前らの裁量次第で全部実現可能だろ」という線を計算して言っている部分もある。
これまたアメリカ人の傲慢で、「この計算が成り立つのだから、自分の言う事は正しく、やれないのは言われた側に問題がある」と上から目線で言って来る。
宇宙船や専用居住区の仕様変更についても、出来ると考えた辺りを7割、努力目標を3割で出して来た。
その上で、マウントを取る為に居丈高に出て来ている。
NASAと時に口論、時に現実を見ての妥協、時に受け入れながら、大統領専用モジュール及び、大統領専用宇宙船の内装の改修を行っている。
ぶっちゃけ、長々議論している時間的余裕はない。
前大統領も長々議論するのは嫌いだ。
「出来ない」に対し、納得出来る理由と代替案があれば、それを呑む。
代替案を示さないと罵倒する傾向があるが。
「室内の部屋の構成は今から変更不可能。
執務室の方に影響出ます。
代替案としてベッドを大きくし、しかも部屋を狭く見せないようにしました」
「窓のサイズを変えるのは、安全上の問題から出来ません。
レンズを使って大きく見えるようにしました。
少なくとも中から見た時に、見栄えはするでしょう」
「彫刻は施せません。
が、3D的に見えるようトリックアートにしています。
出っ張りが有ったりすると、万が一揺れて放り投げられた時に、ぶつかって危険です」
等等説明する。
ちなみに
「今からだと間に合いません」
は禁句なのだ。
「間に合わないと言っても、それはやり方次第で間に合わせる事が出来るだろう!
怠慢ではないのかね?
やり給え!」
と怒鳴られるから。
徹頭徹尾、物理的な構造上の問題、安全面の問題と、要求している事が「見た目だけでも叶う」ようにしている。
前大統領の希望は
「合衆国は偉大な国だ!
その大統領は威厳に満ちていなければならない。
その居場所は、相応に荘厳であるべきなのだ!」
というものなので、見えない部分に関しては相当に妥協可能だったりする。
「……という事で、何とかこちらの方は片付きそうだよ」
NASAのカウンターパートから愚痴混じりの報告を受ける秋山。
彼も無茶ぶりに振り回されて来たから、気持ちはよく分かる。
「日本の方の内装も見せて貰った。
確かに特別仕様ではあるが、あんなんで本当に良いのかね?」
アメリカ側は疑問に思っていた。
確かに桐紋の執務卓とか、国旗を飾る、花(造花だが)を生けた花瓶、「宇宙に居ても地上の事はしっかり把握していますよ」と見せるディスプレイの数々、SP用の控えスペース等と特別仕様になってはいるが、それにしてもアメリカ人からしても質素に見える。
軍人等は質素・粗末でも耐えるアメリカ人だが、いわゆるセレブ層は「贅沢してこそ」という意識だ。
日本の中ではセレブと言って良い、前総理という人の公務スペースとしては随分粗末なのではないか?
「ジェミニ2も、多目的輸送機も狭いので」
「だとしたら、もっと要求が厳しくならないか?
最後には無理です、で押し通すにしても、限界まで要求して来るものだろう?」
アメリカ人の感覚からしたらそうなのだ。
「機能面では結構色々要求されましたが、見た目はあれで良いそうです」
「うーむ、それは貴国のWabi-Sabiとか言うやつなのか?」
日本との付き合いも長くなってる相手が聞いて来る。
「いや、もっと本当の事を言いますと、我が国最高の権威のお方が、実に質素な執務室にいらっしゃるのですよ。
それに引き換え、高々政治家如きが貴族を気取るのか? と批判されますからね。
豪華さよりも、仕事してますよって見た目の方が良いようです」
やんごとなき方の応接室は「ミニマリズムの極み」と諸外国からも驚きの目で見られている。
そのおかげか、日本の宇宙船はギラギラした見た目とならずに済んだようである。