SPたちのチェック項目
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2022年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
セキュリティポリス「SP」、アメリカではシークレットサービス。
シークレットサービスの中の警護作戦局、その中の制服部門及び特殊作戦部門から人員が派遣されて来た。
さすがに現職の警備を差し置いて、大統領警護部門からは1人も派遣されていない。
宇宙での要人警護を行う彼等の使命の中には「危険の排除」というものも含まれる。
怪しい奴は先んじて射殺しても可。
そんなSPたちであっても、他国で好き勝手出来るわけではない。
例えば日本でサミットが行われた時、自国でのように自由な拳銃所持は出来なかった。
まあ許可証を発行されただけだが、流石に短機関銃の所持は許されないようだ。
日本の場合は彼等も気が抜けていたようで、堂々と
「シークレットサービスだ」
と名乗って、土産物店で名刀「洞爺湖」を購入したというエピソードもある。
さてこの宇宙ステーション「こうのす」だが、法的にはどういう扱いになるだろう?
割と曖昧だが、まあ上空100km以上、人工衛星軌道辺りは「どの国にも属さない」とされる。
領空ではなくなる。
よって地上の国家の主権は及ばない。
一方、建造物である宇宙ステーションだが、これは日本国の所有物ではあるがアメリカ他関係国にもいくらかの使用権があり、更に一部のモジュールはアメリカの完全な所有物となっている。
南極自体は南極条約でどの国のものでもないが、そこに建てられた基地内は、建てた国の主権が及ぶというのと同じだ。
ただ宇宙ステーションの場合、接続モジュール毎に所有者が異なったりして、かなり曖昧である。
曖昧であるのを良しとされた部分もある。
宇宙にまで地上の厄介事を持ち込みたくない、ここは国際協調の場である、という意識だ。
ではあっても、今回のように政府関係者が訪問する事なんて想定していないから、今回からはしっかりと決めておかねばならぬだろう。
そういう面倒な法手続きは地上で行われていて、内容自体は妥当な線に落ち着いているのだが、文章作成とか関係省庁との連携という仕事に、秋山たちがてんてこ舞いしている最中だ。
簡単に言えば、「こうのす」は日本国、ただし新たに接続する大統領専用モジュールと、観測モジュール「ホルス」はアメリカ扱い、つまり日本国内のアメリカ公館や米軍基地と同じにする、となった。
地上の米軍基地のように、直接そこに乗りつける訳ではないので、ドッキングして入る際に「入国」扱いとはなる。
ただ、入国審査とか税関管理とかはしない。
法的な位置づけの問題、もっとぶっちゃけると「どこからどこまでが、どっちの責任か」を決めたものである。
これにより、大統領専用機、大統領専用モジュール、「ホルス」内で何か起こっても日本の責任は免れる事となった。
そこで何かあっても、日本の飛行士は助ける義理はあっても、助ける義務は無い。
日本人的には
「飛行士は助け合いでしょ!」
という意識ではあるのだが。
こうして事前に線引きが明確になっていた事もあり、SPたちは訓練と並行尾して宇宙ステーション内をチェックし始める。
洞爺湖サミットの時同様、ここで何か起こる筈がない。
それは分かり切っている。
飛行士たちの身元も全部調べているし、その家族がテロリストの人質に取られて前大統領に危害を加えるよう強要されないよう、日本でも飛行士たちの親族を警護するよう手配もしている。
ではあっても、調べる事は任務であった。
「ドッキングポートが狭く、人間1人しか通れない。
ここが一番無防備になる瞬間だな」
「前首脳同士だが、会食はここになるのかな?
だとしたら、人員の配置はこことここ。
死角を無くするようにしないと」
「バスルームはここか。
ここも一人しか入れないから危険だな。
警備の立ち位置は……」
と日本側管理区域においてチェックを行う。
「直せ」なんて言えない。
だから「この環境でどう守るか」と考える為である。
「お仕事だというのは分かりますが、そこまで我々信用無いんですかね?」
ボソッと言った日本人の一言に、アメリカ側も小声で返す。
「99%、いや100%に近い確率で、君たちが何かする事は無いと分かっているさ。
でもな、君がさっき言っただろう。
仕事だって。
警備計画を出さなければならないのだよ。
しかも現地での調査結果を踏まえた上で。
モックアップで既に大体の事は分かっていたが、それでもそうなのさ」
アメリカ版お役所仕事というものだろうか。
この計画書は出した上で
「いざという時は現場の人間が臨機応変に対応する」
のである。
そして船内のチェックの他に、一点彼等がどうしても見ておきたいものがあった。
それが多目的ドッキングモジュールの設備の一つ、小型衛星射出機である。
これは小型衛星の代わりに爆薬を積めば、ミサイル発射機になると前々からジョークで言われていた。
射撃管制は、そんな装置を搭載していないから出来ない。
衛星を所定の軌道に送るのと、高速で飛来する敵ミサイルを迎撃するのでは訳が違う。
しかし迎撃ミサイルには「打ちっぱなし」、つまり大体の場所に発射された後は、終末誘導は自分で行うものがある。
それに使えないだろうか?
軌道上にいる日米(前)首脳にテロを行える国なんて、数える程しか無い。
だがその2ヶ国と最近は関係が悪化しているし、日本の隣国のミサイル開発国も「出来ない」と判断はしない。
「リスクを冒して、そんな事はしないだろう」
アメリカはそう考えない。
「何をやって来るか分からない、そう考えるべきだ」
と警戒する。
「99.9999%使う事は無いだろう。
だが、僅かにでも残る可能性は全て消さねばならない」
要人警護という絶対を求めるものは、ある意味では「絶対に飛行士を死なせない」という有人宇宙飛行計画とも通じるものがあるようだ。




