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議員、マスコミ襲来

この物語は、もしも

「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」

というシチュエーションでのシミュレーション小説です。

2022年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、

個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、

あくまでも架空の物語として読んで下さい。

暫く前総理は顔を出さない事とした。

その代わり、与野党の議員たちと報道陣がやって来た。

内々に「アメリカの前大統領が宇宙に行くが、その際に日本にも政治家の宇宙行きと宇宙での会談を打診して来た」という話が知られていた。

オフレコだからまだ一般には知られないが、既に結構な数のマスコミが知っているという、口の軽さに秋山は軽く頭痛を覚える。


政治家の視察の後は、まずダメ出しから始まる。

何となくアラを探してマウントを取りに来るのだ。

意味について尋ね、それが気に食わなければ更にツッコミを入れる。

報道陣が居るとなると、余計にそうして来る。

これは特に野党の議員に見られる癖であった。

また報道陣もインタビュアーは意地悪な質問をしてくる。

彼等が疑問を呈したのが

「たかが宇宙服の着用を、こんな時間を掛けて訓練する必要なんかあるのか?」

という事であった。

これが最初のメニューという事で、大いに疑問視している。


(本来なら学力試験とか英語力の審査とか健康診断からの判定とかがあるんだが)

職員一同がそういう声を呑む。

選抜でなく、行く事が大前提の場合は、それで審査をする意味が無い。

だから省略されただけで、本来は書類審査から始まるのだ。

マスコミ関係者の中には、自局のスタッフに宇宙に行って貰おうとしたが、書類審査ではねられたりした為、この訓練メニューには不満を持っている者もいる。

テレビ番組が宇宙に行った際は、あくまでもミッションスペシャリストの亜種のようなものであった。

いざという時は宇宙船の操縦も想定されたものだった。

だから今回の「行く事は決まりだから、行ってパニックにならないように」という訓練とは難易度が違うのだが。


だが実際に訓練を体験すると、文句を言ったような容易いものでは無い事が分かる。

広い場所ではなく、狭い船内での着脱は中々に難しい。

着用しっぱなしでも良いが、隔靴搔痒、痒い所に手が届かない服は何かともどかしい。

安定飛行に移ったならば脱ぎたくなる。

船内着になった状態から、空気漏れが見つかったという想定で宇宙服の着用を行うが、これが中々一人では手こずる。

慣れて来ればまあ良いが、それでも危機の度合いを上げて「3分以内に宇宙服による生命維持に切り替えよ」となると、出来ない人が続出する。

たかが着替え、されど着替え。

宇宙服を着用し、それで非常事態に対処するというのも、確かに訓練として重要であった。


更にその服を着ての脱出訓練も、文字で読むよりずっと難しいものであった。

非常時が発生した場合、宇宙服(船外服)で外に飛び出す。

その為には服の生命維持装置を動作させねばならない。

空気が漏れないよう、セパレートされた上下の服に、手袋と靴をしっかり接合させる。

そして手袋をした状態で、装置を起動させる。

しっかり起動を確認した後で、外に飛び出す。

万が一生命維持装置が起動していなかったり、接合が不十分で空気漏れがあったりしたら、外に飛び出した後ではもうおしまい。

脱出前に「全て良し(オールグリーン)」であると確認する必要があった。


「以前視察した時の、操縦訓練よりもずっと基礎的な事から始めるんだね」

一度見に来た事がある与党議員が秋山に話しかける。

それはそうだ。

この「お客様(荷物)として宇宙に上がる」訓練よりも更に簡単で面白い「子供でも体験出来る訓練」というのがあるのだ。

それは「大きめのハッチから、エアークッションに向かって脱出する」「打ち上げの際の席に座り、管制の指示に従ってスイッチを操作する」「ドッキングのシミュレーション」「ロボットアームを操作するシミュレーション」であり、一見高度に見えるが

「素人用にレギュレーションしたに決まっているでしょ!」

というのが真実なのだ。

子供用から大人用に難易度を上げても、基本的にコンピューターの補助がある事に変わりない。

実際の訓練は「コンピューターが停止してしまった場合」にどう生き抜くかを想定して行っている。

お客様に機械操作はさせないのだから、ドッキングシミュレーションもロボットアーム操作も不要なのだ。

だからひたすら基礎訓練に徹する事になる。


訓練を終えて、野党の議員も職員の身元で囁く。

「さっきはあんな事言って済まなかったね。

 やってみて、君たちのメニューには意味があるって分かった。

 まあ、僕も支持者の手前言わないとならない事もあるし、そこは理解して欲しいものだ」

言い訳がましいが、まあ理解してくれたから良かった。

マスコミ関係者も同様だ。

地味で、出来て当たり前のように思えた訓練も、実際にやってみると簡単ではない。

ある程度やり方を実感した彼等を、会議室に案内する。


「で、どうでしたでしょうか?

 忌憚なく意見をお伺いします。

 どうぞ、思う所があったら教えていただけますでしょうか」

最後はまた、言いたい事を言わせる。

訓練を経験しての意見だけに、来た時よりは建設的な意見が出て来る。

(その意見は既に有人宇宙飛行計画時に通過した場所だ!)

と言いたかったが、ぐっと言葉を呑み込む。

言いたい事を言わせておいた方が、後々面倒もないし、かえって味方になってくれるかもしれない。


こうして騒々しい一日が終わった。

翌日からまた前総理の訓練を続行する。

余計な仕事ではあったのだが、やがてこの一日が功を奏する事になるとは、この時の秋山は想像出来なかったのである。

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