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温室という浴室の隠れ蓑

この物語は、もしも

「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」

というシチュエーションでのシミュレーション小説です。

2022年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、

個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、

あくまでも架空の物語として読んで下さい。

現在「こうのす」に滞在する飛行士たちには一つの傾向がある。

コーヒーに拘るようになるのだ。

比較的生活に余裕があり、食事は栄養管理をしっかりされているという事で、嗜好品と言えるのがコーヒーだからかもしれない。

紅茶派もたまにいるが、客である外国人飛行士も含めてコーヒー派が多くなっている。


コーヒー豆はスポンサーがついている為、ある条件で提供され続けている。

それは外部から宇宙ステーション全体を写す際はスポンサーロゴが見えるようにする事であった。

そんな訳でコーヒー豆には困らないのだが、方針は「宇宙における自給自足」である。

将来の宇宙生活において、自給自足出来るものはそうする。

それが「快適な生活」に繋がるのだ。

だからコーヒーも、種から植えるのでなくても、栽培出来るのなら宇宙でもやってみる。

だが地球上でもコーヒーベルトと呼ばれる一部の緯度帯でしか生産出来ない作物である。

そこで利害が一致するよう、コーヒー会社とタイアップをして宇宙での栽培についてのサポートを依頼した。


このコーヒー豆を皮切りに、バナナの栽培やサトウキビの栽培にも関わろうとする。

バナナは主食代わりにもなり得る。

砂糖はコーヒーを飲む際に重要だ。

甘い物と言ったら、砂糖の他にはハチミツ、メープルシロップ、人工甘味料がある。

ハチミツを宇宙ステーションで生産するには思いっ切り無理がある。

それだけの面積の蜜樹(栗とかアカシヤとか)を植えているモジュールを作れない。

そこにミツバチを放つ事にも無理がある。

さらに無重力でミツバチを生活させるのは、これはまた別の研究課題となるだろう。

ハチを放し飼いにはしないが、砂糖楓を生産可能な量植えておくモジュールも無い。

人工甘味料は工業的に作る事になり、これも面倒臭い。

なので砂糖を生産するのが良いだろう。

砂糖はサトウキビの他に、テンサイも原料となる作物である。

テンサイは寒冷地でも栽培可能な根菜類である為、土壌農耕モジュールでも生産出来る。

「それはそれでやれば良いと思う。

 1つだけにしないで、複数の選択肢があって良いのではないか」

温室モジュールを推薦する者たちはそう言っていた。


(魂胆は透けて見えるのだが、言っている事は間違っていないんだよな)

秋山は思わず肩を竦める。

温室モジュール推進派、それは宇宙浴場開発チームとニアリーイコールであった。

熱帯及び亜熱帯を再現したモジュール、それはエアコンで行うよりも温水で行った方が効率的だ。

宇宙ステーションは放熱処理をしなければ熱が籠る。

一方で断熱措置を施しておかないと、昼の面では120度に達し、夜の面では反対にマイナス150度に下がってしまう。

その為、断熱素材で作られたモジュール内で人間が生活し、その発生した熱をラジエーターによって宇宙に放出している。

このラジエーターだが、現在のISSでは長さ23メートルにもなる長大なものが使用されている。

これだけの大きさのものは、運搬が困難であるし、太陽電池パネルの日陰にならないように設置しなければならないし、デブリ衝突による損傷のリスクも大きくなる。

そこで日本では液冷ラジエーターの研究が行われていた。

既に「こうのす」は設計当初の仕様よりも拡充する事が決まっている。

たかが2個半のモジュール増設となるが、それでも電力確保、空気の循環、そして排熱について見直さなければならない。

その為、温室モジュールはラジエーターを兼ねる事になる。

というより、ラジエーター機能で単に液体のパイプを宇宙に暴露して放熱するのではなく、そのまま有効利用し、その温度及び湿度を利用して熱帯作物の栽培をすれば一石何鳥にもなる、という理論であった。

宇宙に新たな完全自給自足型居住空間を作るなら、熱帯・亜熱帯が持つ役割も重用になって来るかもしれない。

その為の研究も兼ねる。

そして

「改めて温水を作るわけではない。

 水を無駄遣いするわけでもない。

 そこにある熱水を利用するだけだ。

 これを植物だけに利用するのも勿体ない。

 隅っこにちょっとで良いから、浴室作っても良いよね!

 多分、あれば活用すると思うよ」

と最後の方に本音を忍ばせて主張して来る。


(どんどん巧妙になってくるよね)

秋山はディレクターとして、プロジェクトマネージャーとして感心するやら、迷惑に思うやら。

結局、NASAの言う食糧増産、補助的に植物による酸素生産を満たす上に、「熱帯域の持つ環境的な意義を人工環境を作って調べる」というISSでは行えないような研究も出来るし、排熱でも役に立つのならば

「本来機能に負担を掛けない程度であれば、宇宙浴場を認める」

と言わざるを得なくなってしまった。

NASAもリラクゼーション効果を軽視はしていないので、浴場専任モジュールならば反対であっても、多機能な中に一角だけ浴場があるのならば

「度を越さない限り、我々としても異議は無い」

となってしまった。

宇宙浴場チームの勝利が確定したのである。


だが彼等は気を緩めてはいない。

「大浴場は結局作れない。

 時期尚早なようだ。

 だがサウナと、植物園や宇宙を眺めながらの露店風呂なら作成出来る。

 これをしっかり形にしないと、次に繋がらない。

 サウナと言えば、フィンランドだな。

 あちらの企業とも手を組もう。

 関わる団体が増えれば増える程、今更中止とは言えなくなるのだ」

「提案。

 浴場だけでなく、モジュール全体のインテリア的な設計に、やはり欧州の企業を巻き込みましょう。

 基本は浴場だからフィンランドでも良いです。

 どこかからタイムスリップして来た古代ローマ人の浴場技師でも何でも良いので、少しでも我々の理想に近づけましょう」

「良い考えだ。

 小さくても、他の目的がメインでも、我々の理想が実現出来ればそれで良い。

 皆さん、これからも頑張っていきましょう!」

彼等は決して、風呂に対して諦めてはいないようだ。

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