大統領専用機
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2022年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
オリオン宇宙船は、大体がもう完成している。
直径5メートルの、マーキュリー、ジェミニ、そしてアポロ宇宙船同様の円錐形の居住区に4人が搭乗する。
同規模の民間企業の宇宙船に比べて搭乗人数が少ない。
それは、月、火星、そして小惑星有人探査すら視野に入れて長期間の飛行とその間の居住性を追求したからである。
単に地球の衛星軌道に在る宇宙ステーションに行けば良い、数日の飛行を想定したものとは違うのだ。
もっとも、それでも火星以遠に行くと1人当たりの居住空間(体積)は小さい為、居住用のモジュールと連携しての運用が想定されている。
また、宇宙ステーションまでの往復であれば最大6人乗りでの運用も可能であった。
そのポテンシャルは持っている。
アメリカ大統領専用機エアフォース1は、空軍が運用している。
副大統領専用機エアフォース2も同様で、パイロットは空軍兵士だ。
今回の、「元」ではあるが大統領を乗せる宇宙船も、慣例から言って空軍の飛行士が起用される。
宇宙船の運用そのものはNASAが行う。
NASAと空軍は別部門ではあるが、関係は深い。
スペースシャトル運用時、空軍軍人が乗り込んでミッションを行った事もある。
科学と軍事をやたらと切り離したがる日本とは違い、世界ではこの2つは密接に繋がっていて、スペースシャトルだって軍事利用は普通の事だし、ソ連も科学的な宇宙ステーション運用の時は「サリュート」、軍事的な時は「アルマース」として有人飛行を行っていた。
アルマースの前面には23mm機関砲もしくは無誘導のロケット砲まで搭載されていた。
今回も、エアフォース1に倣って飛行士は空軍から出して貰うが、飛行の為の訓練をまず行う必要があった。
その調整を両機関で行う。
「いっそ、退役したスペースシャトルを臨時で運用しようか」
そんな意見も出た。
しかし検討してみた結果、現在展示状態になっている3機+試験機の1機について、退役から10年以上経った現在の状態を調べ、既に作られなくなった外部燃料タンクを発注し、搭乗経験のある飛行士に再訓練を行う手間を考えると、やらない方が良いという結論に至った。
再運用までの準備、運用中のコスト、そしてミッションが終わったらまた退役という事を考えれば、費用対効果に合わないのだ。
それでいて、事故のリスクは付き纏う。
新型宇宙船だって事故の可能性はあるが、スペースシャトルという有翼機の、主翼の付け根に応力が集中して折れかねない構造上の欠陥は全く改良出来ていない。
その分、リスクを高く見積もったのだ。
「ただ、スペースシャトルなら大統領専用機への改装も簡単なんだけどなあ」
それはその通りだ。
かつてスペースラブというスペースシャトルの貨物室に積まれて連結された実験棟を、大統領の執務専用スペースにする事は、円錐形の宇宙船の内部を改装するより容易い。
大統領専用機には、移動中に何かあった場合の通信回線は最低限用意しないとならない。
単なる通信回線ではなく、専用線をだ。
「正直……、現職の大統領じゃないから、そこはやらなくて良い事にしよう。
そこまでの改装に頭を使うのは合理的ではない」
もしも本当に現職の大統領が宇宙に行く場合を想定した、予行演習的な意味合いも含まれていたが、専用機仕様にオリオン宇宙船を改装する事は協議の結果取り止めた。
改装した宇宙船を数機作り、地上実験、無人機での実験、実際の飛行士を乗せての試験とやっていたらスケジュールが押す。
そこは妥協して貰おう。
これから日本の宇宙ステーションにドッキングし、ISSにも接続可能な専用モジュール「スペースフォース1」に大統領用の機能があるのだから、移動中の専用機は必要ないだろう。
普通に通信は使えるわけだし、前大統領が急を要する指示を出す事は無いのだから。
「ただし、今後の事は考えないとならないかな?」
「今後?
有るのかな?
出来ればもうこれっきりにして欲しいものだ」
「有り得ないなんて有り得ない。
今回の事でよく分かったと思う。
準備はしておいて良いかもしれない。
二度あることは三度あるだろうし」
「二度?
今回が初めてだが……」
「細けぇ事ぁどうでもいいんだよ!
次がある可能性、繰り返される可能性を考慮すべきって事言ってるんだ」
この辺、軍人の方がいざという時の事を考えていた。
NASAでは計画中止も有り得るが、空軍は「やれ」と言われたらやらないとならない。
「あと、エアフォース1に倣うのなら、専用機だけの打ち上げにはならないぞ」
「あ!
ナイトウォッチも必要なのか?」
大統領専用機に随伴する、国家空中作戦センターとしての機能を持ったE-4Bナイトウォッチ。
核戦争に備えて、この機体がエアフォース1と共に飛行し、緊急時はこちらに乗り換える。
「まあ、ナイトウォッチのようなものは不要にしても、随伴機は必要じゃないか?
どこから打ち上げられるのか、秘密にはするが、軌道上でもどっちの機体に乗っているか分からないようにしておかないと。
それと万が一の時の乗り換え機が有って良いだろう」
「前大統領だし、そこまで必要かね?」
「スペースシャトルや専用機仕様はする事によるデメリットが大きい。
しかし、2機同時飛行は経験を積む意味でも、デメリットとメリットの比較で、メリットの方が大きくはないかな」
なんだかんだで、VIPが宇宙に行くとなると調整が面倒臭いのだ。
そしてこの話は日本にも伝播する。