第七次長期隊任務追加
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2022年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
「こうのす」には現在、第六次長期隊が滞在している。
彼等はそろそろ地球に帰還となる。
今までの長期滞在隊は、3~4ヶ月滞在を行っていた。
だがこれまでの6回で、3~4ヶ月の滞在は特に問題無く行う事が出来るようになった為、次のステップに進んだ方が良いのも確かである。
次の第七次隊からは、段階的に滞在期間を伸ばしていく。
シームレスに滞在させる為に、半数は3ヶ月で終了、そこに新しい半年隊員が来て、交互に半年以上滞在する「参議院半数改選」方式にする事も決まった。
第七次隊の任務の1つは、現在整理整頓をしている第六次隊の後を受けて、新しいトレーニング機材の設置や、持ち込んだ交換機材、フィルター、洗浄剤の交換・補充を行う事である。
また水、酸素、燃料もタンクに補充する。
「こうのす」の延命を船内から行うのだ。
まあ船外にある補給口に接続する作業は、船外服を着ての作業となるが。
そろそろ帰還の第六次隊は、これまでに無い規模での大掃除を行っている。
大気圏に突入させて燃やす廃棄物は、今まで通り輸送機の中に詰め込めば良い。
地上に持ち帰る機材は、次にやって来る短期滞在隊を乗せて来たアメリカの民間宇宙船に乗せる。
次回の短期滞在隊はアメリカ人飛行士の訓練生2人となった為、最大11人乗りの船内には余裕が有るからだ。
また船内各所のセンサー、警報機、ロボットアーム等の動作チェックも行っている。
元々が長期使用を想定していない機器も多い。
made in JAPANであれ、Assembled in Japanであれ、made in USAであれ、使用可能期間は実際に使用する期間よりも長めには作られている。
設計上の耐久期間が過ぎたら一斉に壊れるソ〇ータイマーという都市伝説もあるが、それでも使用している期間内に壊れる事は少ない。
だが、無重力での運用では何が起こるか分からないし、実際に宇宙放射線で半導体は壊れやすく、素材も大気圏外での寒暖の差、太陽が当たる面と夜の面との温度差で劣化が早くなりやすい。
「3年は大丈夫、5年経ったらちょっと故障が出るかもしれないけど、まあ使えるんじゃないか」
という機械は、恒久的な使用を前提としたものよりも安く、早く調達出来る。
そんな機械だけに、これまでは安心して使えていたが、3年目を迎えている今は検査をしておいた方が良いだろう。
というわけで、ビルの中の警報機検査のような作業を、船長と副船長がここのところ行っている。
問題箇所を見つけたら、機械ごと総取り換えを行う。
なにせ、ISSに比べれば安い、民生品を強化させたような機械なのだから、交換の方が手っ取り早い。
一方で耐久性のテストを実地で行っている側面もあるので、全ての交換可能なものを取り換える事まではしない。
どれは交換した方が良い、どれは様子を見る、どれはこのままで全く問題無い、という判断を地上スタッフ及び開発メーカーの担当者と交信しながら行う。
船長、副船長は中々忙しいのだ。
そうやって見つけた要交換機材を、第七次長期隊は取り換える事になる。
交換機材は、打ち上げと同時に持ち込む物もあるし、後から輸送機で運搬する物もある。
半年の滞在期間中には必ず行う事となる。
ここまでが従来、第七次長期隊の任務として決まっていたものであった。
ミッションスペシャリストの任務は、それぞれのプロジェクト毎に違う為、専ら宇宙ステーションの運用面での話であるが。
これに、新しい任務が加わる、かもしれない。
それは
・コア1とコア2を分離させ、その間に新モジュール(拡張リング)を挟み込む
・延長された分、電線、通信回線、水や酸素の配管を繋ぎ直す
・当初設計から形が変わった分の姿勢制御プログラムは地上から入れ直すが、
現地でも実際に姿勢制御を行った上で微調整を行う
というものであった。
「かもしれない」というのは、第七次長期隊の間に拡張リングを打ち上げるかどうか、まだ未定だからだ。
元々は計画に入っていなかった。
しかし、この計画を策定した時には、組織改編はもっと先の事とされていたのだ。
だがアメリカからの要望もあり、組織改編が前倒しとなった為、幾つかの計画はキャンセル、または先送り、或いは前倒しして組織改編前に終わらせようとなっている。
その為、拡張リング自体の完成の目途は立っているが、それをどのタイミングで打ち上げるかは決まっていない。
「某SF小説でさ……」
既に訓練は終了し、打ち上げまでの最終調整を行っている船長(予定)の飛行士が、副船長(予定)に話す。
「小説でさ、『高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に』って言った奴に
経験豊富な老人が『要するに行き当たりばったりって事じゃな』って返すんだよ。
JAXAがそうとは言わないけどさ、こういう事って結構世の中多いんじゃないかな」
その小説を知っている副船長も頷き、語を継ぐ。
「そうですね。
そしてしわ寄せは全部現場に回って来る。
今回の件も、結局現場でどうにかしろって、最終的にはなってますからね」
この2人はもう当初予定に沿った訓練は終わっている。
有るか無いか分からない、宇宙ステーション拡張作業の訓練は、正規スケジュールには結局組み込まれなかった。
なので
「訓練プログラムはこちらで作成して送る。
宇宙ステーションに行ったら、そこで実機を使ってシミュレートして欲しい。
ロボットアームの操作法はもう知っているだろう。
だから、手順を決めたら、その習熟訓練をすれば良い。
もしかして無駄になるかもしれないが、万が一に備えて宇宙でも訓練を欠かさぬように」
という、何とも言えない任務が、船長と副船長には追加されたのであった。
上があやふやで、現場がどうにかしなければならない、洋の東西問わず起こっている現状であろう。