状況分析
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2022年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
有人宇宙飛行の優れた所は、故障があった場合に現場で調査し、応急措置が出来る事であろう。
長期探査では、無人機が多くの面で有利である。
酸素や水、食糧、生命維持装置というデッドウェイトを減らせるからだ。
だが、無人機は最初に決められた事以外は基本的に出来ない。
回線を繋ぎ直す事で、機能同士を組み合わせてどうにか出来る場合もあるが、それも限界はある。
また故障した場合に、どうにか回路の組み直しで応急措置的な事も出来るが、やはり限界がある。
さらに電波が届かない、アンテナの向きがズレていたり、受信装置自体が全部故障したりすれば完全にロストとなる。
今現在、もっとも汎用性が高く、現場で臨機応変に対応出来る存在は人間のみである。
将来は変わってくるかもしれないが、その将来の為のデータは今取らねばならない。
初期投資は惜しんではいけないだろう。
人間が行って、修理を行った例で有名なのはソ連の宇宙ステーション・サリュート7号と、アメリカの宇宙望遠鏡ハッブルであろう。
他にも何例かあるだろうが、まずはこの2例を紹介する。
1985年、無人で運用中のサリュート7号との通信が途絶えた。
サリュート7号は全システムが停止され、漂流する。
これに対し有人宇宙船で直接修理に行くも、数ヶ月の漂流中に船内の水分が凍り付き、壁面は霜だらけとなっていた。
飛行士たちは、いきなり電源を入れるとショートして余計に事態を悪化させる為、時間をかけて霜を融かす。
それに先立ち、電力が完全にゼロとなっていた事から、ドッキングしたソユーズ宇宙船のエンジンを使って、サリュート7号の太陽電池を太陽の方に向けて充電を行う。
故障したバッテリーを交換し、太陽光で充電し、こうなった原因が太陽光パネルを太陽の方に向ける為のセンサーの故障と調べ上げ、それも交換した。
更に、この凍結時間中にヒーターが壊れていた為、別の機器を流用して水を凍結させないようにする。
こうして人間の応用力によって、宇宙ステーションは復活した。
ハッブル宇宙望遠鏡の場合は、打ち上げて運用開始してから判明した初期不良の改善作業が行われた。
天体の光を集める鏡の端が設計より0.002mm平たく歪んでいた為、分解能が予定の5%になってしまった。
ソフトウェアのアップデートで分解能を予定の58%にまで改善はしたが、根本的には人間の手により修理が必要と看做される。
新しいメインカメラと補正光学パッケージの設置を行い、本来の性能を発揮させた。
と、一言で書けばそうなるが、この修理ミッションは「スペースシャトルの歴史上、最も複雑なミッション」の1つに数えられる程のものだ。
作業時間約11日間、船外活動は一度のミッションの中で5度に及んだ。
宇宙飛行士たちは一年以上、延べ400時間に及ぶ訓練を受けて、このミッションに挑んだのである。
こういった積み重ねが、米露両国を宇宙大国たらしめている。
単にロケットを打ち上げれば良い、探査機を運用出来れば良いとは言い切れない。
自動車の運転もそうだが、事故を起こした時の対応方法や、いざという時に自分も周囲も生き残れる行動を取れなければ、免許は取れない。
その点で日本は、火星探査機のロスト、その経験を踏まえた上で小惑星探査機の度重なるトラブル克服、金星探査機のメインスラスター故障後の対応と、中々の経験を積んでいる。
今回の宇宙ステーション内での故障も、重要度としては低いが、それでも良い経験になるだろう。
故障した機器は、多目的ドッキングモジュールに梱包されて運び込まれる。
このモジュールは、中で小型衛星を組み立てたりも出来る、宇宙ステーション内の作業場だ。
ガスの排気装置や、火災時の消火装置なども強力に設定されている。
ハッチを閉めれば、「こうのす」の他モジュールに影響を与えないように作業出来る。
この作業場には、当然ながら通電テスターとか、電圧・電流・回転数・発熱量といった機械の計測装置、超音波やX線での内部調査機器が置いてある。
工具や、部品入れといった細かいものもここにはある。
ここで、性能が低下していた水系モジュールのパーツを調べてみた。
その結果、早くも機械として経年劣化が始まっていた事が判明する。
「これは一体どういう事だろう?」
ここからが人間の考える事だ。
考察には多数のデータを必要とする。
分かっているのは、想定以上に動作し続けていて、摩耗があったという事だ。
そして、このパーツについて他の機能もチェック。
結果として異常無し。
そうなると、周辺機器に異常があり、そこからのデータを元に長時間稼働し続けた結果、計算よりも早く劣化が始まったのだろう。
そこで水系モジュールに再度入って、各種機器のテストを行う。
テストコードを入力したり、テスト用の水噴射などで挙動を確認。
その結果、ここも異常無しとなった。
「全ての機器で故障は発生していない。
にも関わらず、計算よりも速く劣化していった。
これをどう考えるかだな」
副船長は、水モジュール担当の勝田飛行士だけでなく、船長を含む飛行士全員、及び地上スタッフからも意見を聞く事にした。
こういうトラブル(とまでは言えないが)の場合、一人で抱え込むのではなく、皆の意見を聞く事こそ重要である。
ちょっとした問題でも、一人で抱え込んで情報共有しなかった結果、大事故に繋がる場合もあるのだ。
こういう事も含めて、宇宙飛行士は技術的なスキルだけでなく、コミュニケーション能力がある者が選抜される。
これは高度1万メートルを飛ぶ旅客機の乗務員、補給がままならない南極観測隊なども同様である。
ここに居る者たちの知恵が集められる。




