宇宙での修理は、有り合わせを上手く利用するもの
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2022年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
その日、宇宙ステーション内にはこのような貼り紙がされた。
「本日9時より17時まで断水
作業が延びる可能性もあり〼(ます)」
飛行士たちはツッコム。
「飲み水の方はウォーターサーバーに貯めてあるから、普通に使えるじゃないですか!
それに排水の方も、コア1の方に水処理機能を切り替えるから、シームレスに処理出来ますよね」
それに対する副船長の回答は
「分からんかね?
無論、ジョークだよ」
であった。
「こうした方が気分が盛り上がるじゃないか」
とも。
とりあえずジョークの貼り紙はさておき、その時間中に作業が行われる。
貼り紙の作業時間より前、既に前日から水を流すのは止めて、水処理装置の中は乾燥させていた。
宇宙船内で水滴が漂うというのは、故障に繋がる事である。
だから取り外した際に、なるべく水分が船内に入らないよう、予め乾燥させておく。
そして作業当日。
万が一、パイプの中に詰まりがあり、そこから有毒ガスとか有害細菌が漏れ出る危険性を考慮して、コア1と接続しているハッチは閉じられる。
作業する副船長と勝田飛行士も、土壌農耕モジュールにある予備の対生物汚染服を着用する。
非破壊検査で、中に詰まりは無いと確認してはいるが、万が一の為だ。
配管を外したら、紐で壁面に固定する。
無重力なので、その辺に放置していても良いのだが、やはり漂っていては作業の邪魔になるし、危険だ。
汚れているパーツは、即座に袋に詰めて封をする。
水分も、いくら前日から乾燥させていたとしても、場所によっては残っていたりもする。
これは厨房モジュールから借りて来たキッチンペーパーを使って拭き取る。
吸水性からいって、これがこの場では最適の物であった。
分解作業自体は、肉体労働の類で時間と手間こそ掛かるが、難しかったり込み入った作業をするわけではない。
ただ、ガスが発生していないかとか、細菌の繁殖が無いかのチェックも行いながらなので、余計に時間が掛かっていた。
万が一の場合を考えた作業であったが、それらは杞憂に終わった。
そして彼等は異常の原因に辿り着く。
「吸引装置がへたっている……」
どうしてこうなったのかはこれから分析に回す。
その前に、応急処置を施す事にする。
「これ、修理出来る?」
副船長の質問に勝田飛行士は
「無理ですね。
機械を直すよりも、部品全部を総取り換えした方が良いでしょう。
直すのはその後にしましょう。
……出来ない可能性が高いですが」
と回答。
「で、この部品はどこに在るかな?」
コア1やコア2の水処理装置内には使われているが、その為に現在故障も何もしていないそれらを分解するのもどうかと思われる。
副船長は少し考えた後で手を叩いた。
「在った!
コア1やコア2に比べて分解がしやすい。
そしてこれを抜いても、特に困らない。
浴室の再処理装置だ!」
設計時の話し合いで、各ユニットで同じような機能に使う部品は、同じ物を使用する事にしている。
場所によってはオーバースペックであったりするが、場所場所で異なる機械を使うよりも、リミッターをつけて調整した方が良いと考えていた。
それが功を奏す。
有毒ガスも細菌も確認されなかった為、件の部品を梱包すると、本体との出入口であるハッチを開く。
そして全員に聞いてみた。
「コア2の浴室から、水の吸引に使う装置を、パーツ一式抜き取るけど問題無い?
異論があるなら聞くけど」
コア2の浴室は、基本的に女性飛行士が来た時に使って貰う。
トレーニング室やロッカー、太陽風嵐の際の避難スペースが無い分、コア2はコア1と同型ながら、やや各生活空間の間取りが大きくなっている。
トイレも浴室も多少だが広い。
それらを女性に割り当てていたのだが、現在は女性飛行士は滞在していない。
今後来る予定はあるが、その時には交換パーツを持って来て貰い、直して使う事にしよう。
結局、現在の飛行士たちから反対は出なかった。
次いで地上にもその方針を報告。
承認を得て、作業実行。
手空きの飛行士にも手伝って貰い、コア2の浴室から該当パーツを抜き取った。
そして水処理モジュールの中に再度入り、部品交換をする。
通電チェックを行った後、仮組み立て。
その状態で動作を確認する。
「動作正常。
モニターも正常に記録を始めた」
「あとは実際に水を流し始めて、どうなるかですね」
「それはやってみないと分からない。
まあ、最悪でも一ヶ月は正常動作すると私は思うが」
「自分も最悪の場合であっても、それくらいは大丈夫と思います」
「その間に原因究明だね」
「ですね」
そんな会話をしながら、改めてしっかりと閉鎖を行い、元の状態に戻していく。
修理完了は、貼り紙の終了予定時間より10分オーバー、まあ大体計算通りと言えた。
「今回、浴室が役に立ちましたね」
「想定とは別の意味ですがね」
「まあ、昔アポロ13号が月に行く時に酸素漏れを起こしましたが、その時に宇宙飛行士は月着陸船を救命ボートとして利用しましてね。
設計陣は『そんな用途に使うとは想定外だ』と言ったそうですが、背に腹は代えられぬと言いますか。
とにかく、そこに有って使えるものは全部使う。
それが宇宙での生活ですね」
軌道上の6人はそういう総括をした。
そして地上では
「こういう場合にも使えるので、浴室モジュールは作りましょう!
無駄というものは無いのです!
宇宙で湯舟を!」
と「天空の湯」プロジェクトチームが勢いを増していた。
 




