アメリカにおいての人工重力問答
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2022年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
ある漫画家が言っていた。
「タイでマンションを購入するなら、新築ではなく、日本人が入居した後に色々と弄り回し、快適になるように改装に改装を重ねた後、本社からの帰国指示で泣く泣く手放さざるを得なくなった物件を買うのがベスト」
だと。
NASAにしたら、次世代の宇宙ステーション構築までの時間稼ぎが出来る上に、既に日本人たちが「宇宙ステーションだろうが自分たちの生活改善の為に妥協しないぜ!」として造ったものの利用権が拡大した為、とても得をした気分であった。
おまけに「料理には妥協しないぜ!」というフランスとイタリアまで一丁噛みしている。
これがもし「ウサギ小屋なんて馬鹿にしていた日本よりも狭い、先進国最下位」の小さい家に住むイギリス人が設計し、「趣味とかどうでも良い、必要な事だけあれば良い」なドイツ人が必要装備を算出し、「機能性よりもサイズこそ正義! 大型家具をガンガン持ち込むぜ!」なアメリカ人が内装を担当、そしてイギリス人が食事を担当する宇宙ステーションだったら目も当てられない。
「そのジョークが現実的な形となったのが、旧ソ連のサリュートだったんだけどな」
とアメリカ人はフランス人からの
「要はアングロ・サクソンに居住区を作らせたらダメって事だな」
という皮肉をかわしている。
さて、上手い事「使い勝手が良い、ちょっと宇宙飛行士を甘やかしてしまうな」という宇宙ステーションの運用に大きく関われる事になったNASAでは、ちょっとした遊び心が出て来ていた。
アメリカ人は決して「無駄なものは嫌い」な国民ではない。
ある軍用機の評判が
「このペイロードの多さ、キッチン以外に運べない物はない」
だった為、爆弾にキッチンシンクをつけてこの評を覆す。
すると
「搭載出来ないのは便器くらいだ」
と言われた為、これもクリアした。
しかも前回の「ただ爆弾にキッチンシンクをくっつけただけ」から進化し、「炸薬と信管を詰め込んで爆弾に仕立てた便器」を開発したのである。
アメリカ人、ふざける時は徹底的にふざける。
「才能の無駄遣い大賞」であるイグノーベル賞の常連国として日本とイギリスの名が挙がるが、何よりもこの賞を創設したのはアメリカなのだ。
「日本ではトレーニングの為に、ゲーム機を活用しようとしている。
日本が購入したジェミニ2は訓練機だ。
これは両方とも良いアイデアだと思う。
我々もゲーム機を応用した宇宙船用フライトシミュレーターを作ろうではないか」
から
「モード『マーキュリー』、モード『ジェミニ』、モード『アポロ』、モード『月着陸船』、モード『スペースシャトル』、モード『オリオン』、これは理解出来た。
だがモード『〇-Wing』、モード『タイ〇ァイター』、モード『ミレニ〇ムファルコン』、これは一体何だ?」
「分かりませんか?
無論、ジョークですよ」
「けしからん!
何故モード『コン〇テレーション』、モード『ギャ〇クシー』、モード『バードオブ〇レイ』が無いのかね!」
「あ、そっちですか」
というやり取りに発展した。
そして
「モード『モビル〇ーツ』とかモード『バル〇リー』を入れないとか、センスが無い」
という日本アニメオタクの乱入まであった事も付け加えよう。
大概の事は無重力でも大丈夫なアメリカ人でも、どうしても重力が必要と感じたものがある。
やはり生物研究に関わるものだ。
かつて日本の人工重力環境実験モジュール「セントリフュージ」を中止にしたのは、単に費用超過とスペースシャトルのスケジュール調整が出来なかったからだ。
無用と看做したわけではない。
日本が作り、日本が運搬するなら利用したい所だ。
その上で彼等は思う。
「人間だって生物だ。
無重力は健康上良くない。
骨と筋力が衰えてしまう。
筋力が衰えた男など魅力は無い。
宇宙でも筋力維持は絶対に必要である。
重力を調整出来るのなら、逆に重力を増しても良いのではないか?
日本の有名漫画では、超重力によって大幅なパワーアップが出来ていた。
表現はともかく、重力を強くして筋力強化は理にかなっている。
我々の中には最初から金髪で、目が青いものも居る。
あとは全身が光り輝けばスーパーアメリカ人になれるだろう!
人工重力によるトレーニング装置を作ろうではないか!」
これが却下されなかった。
運動工学の専門家からの意見聴取で、
「トレーニングには低負荷で長時間続けるものと、過負荷で短時間集中で行うものがある。
筋持久力をつけるなら間隔を置いた長時間トレーニングで良い。
しかし、骨や筋力増強ならば、短時間集中型が理にかなっている。
時間を有効活用する為にも、衰えを防ぐ為にも、過負荷に出来るなら使った方が良い。
バネやシリンダーを使った部分的なものより、全身満遍なく負荷が掛かる重力が望ましいだろう」
と言われた為であった。
専門家のお墨付きも得て、開発を始める。
彼等にしたら、例え最終的にボツとなっても、大した問題ではない。
効果はあるのだ。
だとしたら、欲する所に売れば良い。
ボツにならなくても、無重力という究極の環境で、人間を使ったデータが取れる。
それを元に地上用のを開発してビジネスに出来る。
転んでもただでは起きない。
常に何かしらのビジネスチャンスが転がっている。
「才能の無駄遣い」な研究や発明品であっても、無駄にはしない精神がある。
この辺が「才能の無駄遣い」を微笑ましく見守る一方で、それを金儲けの道具にしようとしたら、途端に胡散臭い目で見てしまう日本との違いであろう。
アメリカの強さの一端とも言えよう。