淡水エビを食べよう
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2022年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
「で、このエビをどう食うんだ?」
ノートン料理長が空中をぴちぴち漂うテナガエビを見て尋ねる。
テナガエビ、近種にフランス料理でいうラングスティーヌ、イタリア料理でいうスカンピがある。
CIAで料理を勉強したノートン料理長には、パスタにするとか、ガーリックシュリンプにするとかアイデアはある筈だった。
だが、ここで採れたのは彼が食材として使うには小さいサイズのものである。
「もっと大きく育つまで待って、身が詰まってから食べませんか?」
そう聞くが、それに対する回答が
「ちょっと増え過ぎたから、言い方悪いけど間引きが必要」
というものであった。
稚エビを卵から育て、環境的に死ぬものも出たが、結構な数が生き残ってしまった。
サイズが大きくなって来ると、他の生物との生態系的なバランスを崩してしまう。
本来はテナガエビの捕食者がいて、適当に数を減らしてくれるのだが、宇宙ステーションのビオトープには存在しない。
だから人間が減らす必要があった。
「FBIも大した事ないな」
そう言って煽るのは例によって白石飛行士である。
「カリナリー・インスティテュート・オブ・アメリカでCIAだ!
なぜ連邦捜査局(Federal Bureau of Investigation)と言い間違う?
全く違うじゃないか!」
「まあ、大きな問題じゃない。
問題なのは、君がエビの料理を知らない事だよ」
「エビ料理くらい知っている。
フライにするとか、ガーリックで炒めるとか出来るさ。
まあガーリックのような匂いが拡散するのは密閉空間では厳禁であるが。
それにしても、こんな小さいエビでは食べ応えがないだろう?」
「もんじゃ焼きにすれば良い。
あれは小エビ入れて食べるぞ」
「MONGIA?
何だそれは?」
「却下だ!」
議論に割って入ったのは、非番の副船長である。
「あんなゲ■を焼いたようなものは食事とは認めん」
「ゲ■とか言われるのは非常に不愉快です。
れっきとした食べ物です」
「見た目はともかく、あれは柔らか過ぎて、無重力で食べるには向いていない。
大体、高温の鉄板を厨房モジュールから持ち出して、皆で焼いて食べるつもりか?
ここは、エビセンにしましょう」
「EBISEN?
何だそれは?」
「さっきのもんじゃ焼きと似てはいるが、もっとハードに焼き固めたものだ」
だがこれも、アメリカ人には馴染みがない。
首を傾げる料理長。
「えび煎餅とか、ちょっとボリュームが無いですね。
ここは野菜と合わせてかき揚げを作りましょうよ」
かき揚げはノートン料理長も知っている。
TEMPURAは、SUSHI、KATSU-CURRY、RAMENと並び、アメリカでもメジャーな日本料理なのだ。
あれ、どこからか「ラーメンは和食じゃねえよ」という日本人の心の声が聞こえる。
もう一個「カツカレーはインド料理魔改造と、洋食のトンカツの合わせ技だろ」という声も。
そして天ぷらはポルトガル料理に原型があるのだが「フリットならあるが、こういう料理じゃないなあ」というポルトガル人の疑問の念も届いている。
「かき揚げとか、絶対やめた方がいいぞ。
期待するだけがっかりする。
ノンフライヤーの能力を過信しない方が良い」
こう話すのは、現在船長席で業務をこなしている古関船長である。
油を使わずにフライを作れる日本の家電製品ノンフライヤー(ノンオイルフライヤー)。
しかし、やはり天ぷらを作るには「天かす」を具材にまぶし、そこから出る油を使わざるを得ない。
残念ながら、「こうのす」には天かすは備蓄されていない。
そしてエビの天ぷらや、野菜の天ぷらのようにタネがしっかりしておらず、切ったものを小麦粉溶液で固める「かき揚げ」は、例え重力下であっても崩さずに揚げるのは難しい。
固まる以前にひっくり返そうとして、破壊してしまう事もある。
無重力ではその心配はないものの、代わりに大量の油を使って揚げる事が出来ない。
いかにISSに比べて高温調理に関して緩い「こうのす」と言えど、発火する危険性がある、揚げた時に油が飛散して部屋をベタベタにしてしまう、加えて飛び散った微細な油が機械を故障させる可能性もある、廃油の処理が難しく下手したら処理管を詰まらせてしまう、そういうリスクから「油を使った揚げ物料理」は禁止なのだ。
「ヤムグンテンっていう、生で食べるタイ料理がアリマス。
まあ、それに使うエビよりも大分小さいですケド」
ノートン料理長も無知ではない。
日本のB級グルメこそ知らないが、それでも世界各国の料理に知識がある。
淡水エビの踊り食い、酒の中で泳がせて身に風味を沁み込ませてから食べる、というものも知っていた。
船長がしばらく調べてから
「それも却下ですな」
と答えた。
踊り食いに使うのは、卵から育てた養殖ものだ。
淡水エビには寄生虫のリスクがあるから、獲れたものを使わない。
「こうのす」の淡水エビたちは、養殖に近いが、より自然に近い環境での実験体だ。
汚水を処理する藻類や貝類、そういうのと共生させている。
寄生虫こそいないだろうが、生食にはちょっと危険だと思われる。
「で、どうしましょう?」
提案と否定の応酬に、結局何を作ったら良いか決まらない。
「加熱は必須として、そこからだな……」
「やはりもんじゃ……」
「それくらいならお好み焼きの方が!」
「スープは?」
「煮つけとかも」
「醤油はまだあるよね?」
「ニョクマムとかナンプラーもあるよ」
「それなら空芯菜炒めとかも」
「空芯菜は有ったか?」
様々な料理への意見が出て来る。
(日本人って、やはり食へのこだわりが凄いよなあ)
ノートン料理長は、飛び出す度に真水に戻し、泥抜きをしている淡水エビたちを眺めつつも、熱い議論を聞きながらそう感じるのだった。
結局何を作ったのかは想像に任せます。
(自分は、以前ベトナム人とか色んな外国人が来たから、そっち系の調味料を使ったものを想定していますが)




