宇宙ステーションどうでしょう?最終夜
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2022年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
「俺さあ、本当に宇宙まで何しに来たんだろう?」
出演者のボヤキから、北海道ローカル番組の宇宙編最終回が始まった。
まあそれは仕方がない。
東京キー局の方は「将来の農業の為に、宇宙ステーションという特殊な環境で行われている農業を見たい」という大方針がはっきりしている。
ちょっと意識が高い部分もあるこの番組は
「地球環境を改めて見直す為に、地球を離れた場所から見てみたい」
「いかに地球が恵まれた環境であるか、宇宙ステーションという何も無いような場所での農業から確認したい」
「持続可能な成長の為にも、循環型の宇宙ステーションでの農業にヒントを見い出したい」
というテーマを持っていたりする。
それに引き換え、北海道のローカル番組は、何も聞かされていない出演者を無理矢理宇宙まで引っ張り出すのが最大に目的であり、宇宙に来て何かをしたい訳ではない。
これまでだって、ジャングルに連れ出す、北極圏を旅する、アメリカ大陸を横断する、それが目的であって、そこで何をするかは付け足しに過ぎなかった。
だから、宇宙まで来た時点でゴールであり、後は何をするか決めていない。
「まあこういうものは、高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に決めるものですな」
ディレクターの発言に、出演者は
「それは単なる行き当たりばったりだろ!
そんないい加減な事じゃろくな目に遭わないんだよ!
君たちはこれまで番組を作って来て、何を勉強して来たんだい!」
と文句を言っていた。
そして、臨機応変にどうにか出来るものではなかった。
どうにかお情けで、水耕モジュールでの葉っぱ詰みはさせて貰えたものの、
「生命維持装置のストックの関係から、宇宙遊泳は出来ません。
事前に連絡が必要です」
「土壌農耕モジュールは、対生物汚染対策のレクチャーを受けていない人には入出禁止です」
「過去の作品を見させて貰いましたが、生活リズムを大いに崩しますので、料理はダメです」
と何もさせて貰えない。
東京キー局の方が
「僕たちはむしろ本職の宇宙飛行士と同じ気分を味わいたいので」
と言って、豪華な新型居住モジュールを譲ってくれた。
豪華なカプセルホテルと言える新型居住モジュール「アネックス」で寝泊りすると、いよいよ何の為に宇宙に来たのか分からなくなってしまった。
「確かに快適だよ。
僕というスーパースターに相応しい部屋だねえ、君たちが居なければ……。
でも、いよいよここに居る意味が分からなくなって来たねえ。
こういう部屋なら、わざわざ宇宙に来なくても良くないかい?」
「だったら交渉して、元のあの棺桶みたいな個室に戻るかい?」
「それも嫌だ」
「だったら文句言うな、贅沢だぞ」
「そもそもの前提が間違っているんだぞ、君たちは。
部屋のグレードに関わらずだ、宇宙にまで来る必要が有ったのかって事なんだよ!
あっちの番組見てご覧なさいよ。
宇宙に来て何をしたいのか、部外者の僕にだって分かるじゃないか。
こっちはどうだい。
僕を宇宙まで連れて来て、もう終わりなんだろ?
宇宙に来て何をするかでなく、まず宇宙に来ました、さあ何をしましょうか、って手段の為ならば目的を選ばないような真似は止めろ。
どうしようもないじゃないか!」
このボヤきは、ある意味全世界の有人宇宙飛行をしたい宇宙機関に突き刺さるものかもしれない。
無人で大概の事が出来るのだから、有人宇宙飛行は「行きたい」というのが先に立ち、行って何をしたいかは後付けで考えている傾向もある。
国威発揚の為に人間を宇宙に上げる、じゃあその後は?
火星に行ってみたい、月に基地を作りたい、じゃあ行ってどうするの?
一応目的はある。
だが現在はその目的を十分に達成出来るとは言い切れず、手段の方が目的となっていないだろうか。
こういう皮肉に聞こえるボヤきだが、実はJAXA関係者は事前に「これ、放送しても良いですかね?」と問い合わせをされていた。
折角協力してくれたのに、批判しているようにも聞こえるからだ。
最終的に秋山がGoを出したのは
「頼むから政府関係者、見てくれ! 考え直してくれ!」
と含む所が有ったからだ。
秋山たちは計画の当初から
「まず有人飛行をする事は決まっているから、議会が納得する有人飛行の目的を考えてね」
と無茶ブリされていた。
更に、政治家先生たちの中には自分が宇宙に行きたいから
「老齢者でも、病気の者でも宇宙に行ける、そういう理由を考えて貰えないか」
なんて言って来てたりする。
「せめて、目的くらい自分たちで考えてくれ!」
と思う気持ちから、有人飛行そのものに疑問を投げかけるようなボヤきにOKを出したのであった。
なお、この出演者は普段は結構陽気で、時々調子に乗り過ぎる事もある人なのだが、致命的に三半規管が弱いようで、この宇宙滞在中ずっと具合が悪かったようだ。
体が慣れては来たが、基本的に具合が悪い事に変わりはない。
その為、ずっと不機嫌で愚痴りっぱなしであったとナレーションにて語られていた。
そんな出演者も、帰還の日を迎える。
ここからが最後の見せ場であった。
普段見られる事が無い、大気圏再突入中の船内の様子。
最初は
「おおー、段々地球が近くなっていくねえ」
と機嫌が良くなっていたのだが、次第に
「これ、大丈夫なんだよね?
失敗して燃え尽きたりしないよね?
俺、来る時にぶつかったりしたけど、穴開いてないよね?」
と不安な声を漏らし始める。
「怖いって。
今どんな感じなのか分かんねえから、余計に怖いって!」
どんどんパニックになっていく。
「大丈夫だ。
死ぬ時は一蓮托生だ」
「死ぬのかい?
俺、死ぬのかい?」
「死なねえよ。
自分の国の科学信じろ」
そして船外が大気圏再突入時のプラズマに包まれると、悲鳴はピークになる。
「燃えてるよ、燃えてるじゃないか。
本当に大丈夫だよね?
俺、まだ死にたくないよ。
大丈夫なんだよね?
なあ、何か話してくれよ!」
なおディレクターも社長も、普段は冷静で時にふてぶてしいこの主演者が涙目になっているのを、腹を抱えて笑っているだけだった。
そして地球帰還。
収容され、重力のあるのを実感する。
社長は
「やっぱ、体が重く感じるねえ!」
と清々しい笑顔で話した。
「さあ、感想を」
話を向けられた主演者は、恨めしそうな表情で
「もう二度と行かねえからな」
と答えるのであった。