アメリカも中々問題を抱えている
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2022年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
ロストテクノロジーという言葉がある。
歴史上だと、東ローマ帝国で使われた「ギリシャ火」というのが再現不可能な事が有名だ。
戦艦大和の主砲も再現困難で「西暦2199年までには造る技術を復活させねば」と一部で計画されているとかいないとか。
宇宙開発でも失われた技術はある。
実は船外作業を行う時に使う宇宙服がそうなのだ。
素材とか知識が失われたのではない。
縫い合わせをしていたおばちゃんが引退した事で、裁縫技術が失われたのだ。
現在は新型を巨費を投じて開発する一方、40年以上前に作られたものを大事に使っている状況である。
「こうのす」に来たアメリカ人飛行士の訓練生は、そういう事情で日本製の簡易船外宇宙服を使い、中々出来ない船外作業の訓練を行う。
日本の簡易船外服は、アメリカのもの程強度が無いから、使用制限はあるが量産は可能だ。
日本も縫製技術の海外移転で技術喪失が進んでいるものの、まだまだ何とかなる。
オリジナルの技術ではないが、代替する縫い方をしている。
アメリカの宇宙服は特殊な布を7~8層も重ねて縫い合わせたものだ。
熱が籠らないよう、逆に熱が逃げないよう、二酸化炭素が充満しないよう、1気圧が維持されるよう、外のデブリによって傷つかないよう、それでいて動きやすいよう、と様々な要望をクリアするようにしている。
日本の簡易宇宙服はそこまで厳しくない。
熱も二酸化炭素対策も、連続使用で4時間もしたら飽和してしまう。
それで余裕を見て、最大2時間の使用と限定していた。
デブリ対策もほとんど無いに等しい。
「こうのす」には鳥籠と呼ばれる外周金網がある為、それでデブリは防ぐ仕様だ。
「大海原に出ながら、周囲を鉄柵で囲われて泳ぐようなもの」
なんて揶揄される、防護用の金網の中でのみ船外作業をさせるものであった。
先日の人気アイドルたちの宇宙遊泳も、危険はほとんど無く、万が一の事があってもすぐに船内に収容可能な状態で行われた。
そんな程度の服だから、特殊な布は半分程度の使用しかなく、縫い合わせもしやすいし、場所によっては接着剤で貼り合わせていた。
宇宙服の方はそんな感じで量産して数多くある(これまでより薄い為、クローゼットに大量に仕舞っておける)が、船外活動用の生命維持装置の方に制限があり、予定をきちんと立てないと使用許可が下りない。
北海道ローカル番組の方で、急遽宇宙遊泳をしたいと申し出ても、予定に無く、既に東京キー局の方で宇宙遊泳は行う為、使用後の酸素再充填とかいざという時の人員確保の予定も立てられず、許可されなかった。
「短期滞在隊が4人程度なら、融通も利きやすいのだが……」
長期隊6人に対し、あの時の短期滞在隊は9人だった為、いざという時の事を考えたら予定にない事はさせられなかった。
アメリカ人飛行士訓練生は、最初から船外活動訓練が予定に入っている。
使用する分の生命維持装置は、地球から予備も含めて持って来ていた。
これも本格的なものからしたら簡易版だが、最長2時間活動出来たら十分な為、小型軽量に出来る。
故に数多く持ち込む事も可能であった。
なお、いくら数多く用意出来ると言っても、お値段はそれなりにする。
北海道ローカル番組が、最初宇宙遊泳をしない方で話を進めたのは、レンタルの金額が馬鹿にならなかったからだ。
来てからの思いつきで「やっぱりやろう、こんなの経費で落とせるさ!」と考えた人の金銭センスもアレであるが……。
(4人で軽自動車1台分くらいはかかるのだが)
億円レベルでは無いにせよ、数十万円(数千ドル)の宇宙服・生命維持装置・その他装備を使い捨てる勢いでアメリカ人飛行士たちは訓練を行っていた。
「やはりNASAとJAXAでは予算規模が違うんだな……」
古関船長は思わず感心する。
NASAの予算は1兆8000億円規模。
JAXAの予算は補正予算も含めておよそ1800億円。
有人宇宙飛行案件は総理案件で、予算的には便宜を様々に図ってもらえるが、それは基本的にハードウェアの開発やロケット、宇宙船のチャーター、物資の調達価格に当てられ、普段使いの雑用品の経費計算は相変わらずうるさいままである。
訓練で消耗品を使う場合も、事前に計画を立てる所は日米ともに変わりはないが、日本はより「効率的になるよう、無駄なく、回数を減らす」事を要求される。
こんなにガンガン船外活動の訓練をさせられるのは、やはり10倍も予算があるNASAならではだろう。
そんなNASAでも悩みはある。
「ISSの寿命が近いし、予定が詰まりまくっていて訓練なんか出来ない。
スペースシャトルが退役しているから、やはり訓練に支障が出ている」
という事だ。
「日本の貢献には期待する事、極めて大である」
つまりは、今後も宇宙飛行士の訓練は「こうのす」で行いたいという事だ。
「君の役割は重要だな」
白石飛行士がノートン料理長にそう語り掛ける。
それに対し料理長は溜息を吐きながら呟く。
「私の仕事が合衆国で評価されるのは、レシピを作って、それが誰でも実現可能になってからだろう。
もっと長い期間滞在するようになってからだな。
その前は、きっと君たち日本人の方が私を高く評価してくれると思うよ」
そう言いながら料理長は、自作したバンズに大豆肉で作ったハンバーグを挟み、ケチャップとマスタードを塗った定番料理と、コーヒーを淹れていた。
どうも手軽さと、いつも食べ慣れているという事と、栄養価を考えて、このメニューになるようだった。
「ああ、もっと凝った料理を作りたい……」
日本人の食事に慣れてしまうと、アメリカ人の食生活は物足りなく感じるようだった。




