アイドル、宇宙から帰還する
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2022年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
東京キー局の「農業系オッサンアイドルが宇宙に行く」企画は、番組開始冒頭いきなり
「緊急事態発生!」
というナレーションがなされた。
そして慌ただしく動く宇宙ステーションクルーたちの映像。
視聴者は何事かと思っただろう。
宇宙でも最強クラスの爆発イベント、ガンマ線バースト。
それを観測する機会が巡って来て、急いで観測モジュールをセットアップしているのだ。
(確かに「緊急」なのだが、一般視聴者にこの価値が伝わるかな?)
秋山のその疑念に、流石は東京キー局、しっかり絵でどんな爆発か、どれ程の威力を持っているのか、それを観測する事の希少さを解説する。
最近の研究成果も解説に組み込み、
「金やプラチナといった重金属、貴金属は中性子星同士の衝突が引き起こす10億度にも達する高熱の中で産まれるのだ。
この中性子星同士の衝突の際にガンマ線バーストが生じる。
ガンマ線バーストを研究する事で、今まで謎とされて来た現象の解明に繋がるのだ」
と〆ていた。
それだけだと話が固くなるからか、オッサンアイドルの
「10億度かあ……、でも宇宙恐竜は1兆度の火球じゃなかったか?」
と昭和な独り言を挟み、
「1兆度の熱が地球上で発生すれば、地球はおろか海王星まで含めた太陽系の全惑星が蒸発してしまうのだ!」
とナレーションでツッコミも入れている。
これまで重要な機械には触らせて貰えなかったアイドルたちも、緊急事態で人手が欲しかった事もあり、観測に機械操作をする事で協力した。
流石にデータ収集は長期滞在隊の飛行士たちが行うが、
「すみません、センサーの微調整必要ですが、出来ます?」
「臨時ですみませんが、地上との交信担当して貰えます?
船長席座って……、やり方分かりますよね?」
「計器見て、もし船内の放射線レベルが危険域に達したら、警報出して下さい。
まあ無いと思いますが、万が一」
こんな感じで、補助ではあるが重要な役割をこなす。
若手アイドルの方も、万が一の際の対放射線(対太陽フレア)用シェルターの準備をしたりする。
「こうして我々は、やっと宇宙の男として認められた気がする」
と、抒情的なナレーションが入った。
そして宇宙遊泳の光景。
秋山たちはスケジュールを全部知っているから、
「宇宙遊泳とか、仲良く食事してるのとか、ガンマ線バースト観測よりも前だよな。
認めたから宇宙遊泳させたのではなく、最初からスケジュールされていたんだが」
そう会話しているが、最終的に
「まあ、こういうのが演出ですからね」
で落ち着く。
科学は今そこに在るものを虚飾なく、そのまま捉える。
一方で報道は、見せたいものだけを見せる。
バラエティー番組に至っては、視聴者が見たいであろうものを、そういう筋書きで見せるものだ。
最初はお客様扱い、非常時に協力をして認められる、そして様々な活動を、というのがシナリオだったのだろう。
映っている姿はシナリオ等は無い、ありのままのものだが、出来事を並び変えれば感動的な話に作れるのだ。
そしてシナリオであろう最後の話、
「我々は宇宙への滞在を許してくれた皆に、感謝の食事を振る舞う事にした」
というナレーションから、彼等が厨房モジュールを借りて、食事を作る話になる。
これも裏事情を知っていれば
「ぶっつけ本番ではなく、何回も使用機材についてレクチャーを受け、料理も試している。
あの無重力環境用に開発された調理器具やら、簡易とはいえ菌を扱うものを、初めて触って使いこなせるわけがない。
地上とは勝手が違うから、そうしないとならない」
事を分かった上で演出だと言えるだろう。
なお、ヤラセと所謂「演出」は異なる。
ヤラセは予め料理担当者が作った料理を、さもアイドルたちが作ったかのように見せ、結論ありきで「美味しい」と言わせる事だ。
所謂「演出」は、事前に何度もリハーサルを重ねていた事は見せず、過程については想像に任せるとして、結果を感動的に見せる事であろう。
その辺はコンプライアンスを気にしてか、出来過ぎでないように見せている。
料理をしている映像中に、使い方を指導したり、アドバイスをする第五次長期隊の南原厨師長の姿が映っていた。
こうして宇宙で出された廃材を主に使い、2品程料理を作って振る舞う様子が放送され、宇宙生活は締めくくられた。
実際のところ、何日目に収録されたものなのかは、関係者だけの秘密。
そして番組は帰還の様子を映す。
地上と違い、荷物の運び込みから宇宙服の着用、シートベルトを締めるところまで自分たちで行う。
テレビタレントとそのスタッフたちは、帰還船の運用に携わる飛行士はいるが、それでも自分たちで機体チェックからエアロックの閉鎖まで、自分たちだけでやったのである。
そして緊張の大気圏再突入。
「果たして彼等は無事なのか?」
そのナレーションの後は、パラシュートが開き、地上に帰還を果たす宇宙船の様子が外から映された。
ハッチが開き、無事地球の土を踏むアイドルたち。
迎えに来ていたアラフィーアイドル2人が、泣きながらリーダーを迎える。
こうして東京キー局の方の宇宙企画は幕を閉じた。
帰還を果たしたアイドルの
「やっぱ、地球の重力で体が重いわ」
というセリフで〆となった。
残るは北海道のローカル番組の〆となる。