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農業の専門アイドル、宇宙へ

この物語は、もしも

「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」

というシチュエーションでのシミュレーション小説です。

2022年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、

個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、

あくまでも架空の物語として読んで下さい。

東京キー局の人気番組、その人気企画の1つが農業だ。

それは本物の農家の爺様、婆様方から、時に文句を言われながら実地で学んだものである。

もう十年以上も継続している。

そして政府の有識者として認められるに至った。

そんな「本職は農業、副業でアイドルをやってる」と言われる男が、ついに宇宙ステーションで農業を体験する。


「お邪魔させて貰います。

 こちらにはこちらの方法が有ると思いますので、まずは見学させて下さい。

 その後、良かったらお手伝いさせて貰えれば有難いです」

こういう態度に、当時土壌農耕モジュール、水耕モジュールの2基を管理していた第五次長期隊の本広飛行士は安心する。

「ちょっと土に触らせてくれ」とか「これを植えたいんですけど」とか言われると、色々面倒なのだ。

そして、まずは水耕モジュールの方に案内し、説明を行う。


このモジュールの場合、もう農業というより工業のような事をしている。

培養液の成分、光の照量、換気の風速等は全てコンピュータ制御されている。

既に確立した技法である為、研究や植物の育成という事より、効率重視であった。

日本の農業は「あれは園芸だ」と呼ばれるくらい手間暇をかけている。

そう評するアメリカのように、大量に育てて、さっさと収穫して消費するのだ。

まあ水耕の場合、雑草と競い合う事もないから草むしりという作業は無いし、害虫がつく事もないから「いわゆる農家の手間」というのは無いのだが。

種蒔きも自動化されている。

一応、1粒だけでなく、数粒一緒に栽培される。

その種が既に死んでいたり、生育不良になるものだったりした時のリスク回避の為だ。

「で、そうなると間引きをしますよね?

 間引いたものはどうするんですか?」

「食べます。

 そういう間引かれたものも、無駄にはしませんから」

「それって、どこにあるんですか?」

「もう厨房モジュールの方ですね。

 真空パックにして保管していると思います」

「それって、要は廃棄したのと同じですよね?」

「まあ……」

「それって、いただけますか?

 うちら、捨てるものとか傷物で売れないものなんかで料理を作る企画をやってまして」

どうせ宇宙まで来たのだ、農業のお手伝いだけではなく、もう一個企画をするのが無駄の無い収録というものだろう。

「ちょっと待って下さい」

船内通話で確認する。

まだ使っていないという事だった。

宇宙ステーションにおいて、捨てる物は基本的には無い。

し尿すら処理して再利用している。

それでも一応「廃棄物」という扱いの物を使いたい、それが番組のこだわりであった。


本広飛行士は1人で2基のモジュールを管理している。

こういう態度であれば、人手が多い方が有難い。

テレビ番組に水耕モジュールの方を任せる事にした。

非常時には彼が対応するが、それ以外は計測数値を確認し、データを取って地上に送信したり、目で見て閾値を超えたものがあれば警報を上げるだけだ。

「僕なあ、コンピュータとかの細かい数字見ると、目がショボショボしてくんねん。

 ここは君に任せたで!」

農業アイドルの思わぬ欠点である。

土を舐めて「これは良い土だ」とか「関東ローム層やね」とか「水はけが良さそう」とか判断出来る。

自然農法に関しては玄人はだしだ。

知識も相当にある。

重機も操れる。

しかし、デジタル機器の数値を追っていくのは苦手であった。

「ちょっと老眼入って来ててなあ」

老眼というより、眼球を動かす筋肉が衰えて、長時間見ていると疲れるのだろう。

ここは若手アイドルと番組スタッフが交代で担当する事になった。


そして土壌農耕モジュールである。

「宇宙ステーションの居住区は無菌室です。

 一方で土壌室は管理されているとはいえ、土壌菌も繁殖する有菌室です。

 だから出入りするには専用の防護服を着ないとなりません。

 予備はありますが、まだこれから長期間作業をする為、厳密に数量管理していますので、今回は使わせる訳にはいきません」

本広飛行士の言葉に、番組も無理に土壌室に入れろとは言わなかった。

ここは水耕の方とは違い、研究用設備でもある。

時折土壌室に防護服を着て入り、葉や根を採集してプレパラートにし、顕微鏡で見たり成分分析を行う。

土壌の状態を見て、追肥をしたりもする。

完全に自動化はされていない。

JAXAとしては、そう頻繁に行う訳ではない試料作成の日に、テレビ番組を立ち会わせているだけでも、かなり気を使っているのだ。

農業アイドルはその様子をじっと見学している。

一通り作業が終わったところで、やっと質問を行った。


「今、外からの採光を止めて、電気も消して、気温も下げて夜の状態にしましたね?」

「そういう事です」

「こういう機械の中ですし、24時間光を与える実験ってしないんですか?

 そりゃ光合成も効率が悪くなるって事くらい僕も勉強しましたけどね。

 そうならない品種もある訳じゃないですか」

「例えそういう品種でも、無重力なので余り葉ばかりを成長させないようにする為です。

 無重力だからこそ、根を育てる為に、葉にばかり栄養を蓄えず、全体にフィードバックさせようとしています」

「あ!

 重力が無いから、地上よりも根張りが悪くても伸びちゃうんですね!」

この辺、流石は農業アイドルと言われる男、飲み込みが速い。

即座に根が貧弱だと、土壌からの栄養摂取が出来なくなり、葉での光合成で作られている栄養だけではバランスが悪くなる事を理解したようだ。

「それで、どうすれば根張りが良くなるんですか?」

「それは今もまだ研究中です」

「根が貧弱だと、根からの分泌物が減るから、それによる土壌菌のバランスが崩れる連作障害、それが減少するんじゃないですか?」

「それがそうでも無いです。

 菌を限定して土壌に住まわせているのですが、菌類の生態系が単純化した事でかえっておかしな連作障害が起こったりします」

(なんか、専門家と話しているみたいだなあ)

本広飛行士は思わず楽しく話しながら、そのように感じていた。

農業の政府有識者会議参加者はダテではなかった。


この日の放送は、視聴率こそ良かったものの、SNSではこう書かれていた。

「視聴者置いてきぼりの専門家同士の会話」

「趣味の園芸番組で話せ」

「この会話の意味がどれだけの奴らに伝わってるんだ?」

と。

おまけ:

作者も連休中は農作業をして来ました。

おかげで腰が痛くて痛くて……。

あの雑草の成長速度、ハンパない。

去年は雑草に敗北し、葉野菜がほとんど採れなかったから、今年は何とかリベンジしたいところ。

(その一方で、豆は同じ場所に植えたから連作障害になるかな。

 3年目はアウトだが、2年目だとどうだろ?

 まあ何事も結果を見てみない事には分からんですな)

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