宇宙ステーションどうでしょう?第6夜
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2022年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
「僕ぁねえ、ドラマじゃ探偵もやったさ。
ゾンビと戦う役もやったさ。
有名な戦国武将の兄の役も、明治維新の立役者の友人の役もやったさ。
言ってみればねえ、僕もヒーローなんだよ。
それが何だい。
ここに来れば僕はいまだに若手なのかい?
ちょっとはあっちのアイドルのように気を使いなさいよ」
愚痴から始まる北海道のローカル番組。
あっさりと宇宙船に搭乗するシーンは流され、打ち上げのシーンもさらっと放送し、ナレーションで
「こうして打ち上げに成功した我々だったが、この後恐れていた苦しみを味わうのであった」
と説明される。
放送情報を送られた秋山は、JAXA内で疑問を漏らす。
「どういう編集なんでしょう?」
その答えは
「常にどこかに旅をしていますが、旅番組と考えないで下さい。
まともな観光地なんかは映りません。
観光地を飛ばし、辺鄙な場所にただ素泊まりする為だけに移動し、移動の道中で人間が壊れていく様を赤裸々に見せる番組です」
酷い番組もあったものだ。
実際、打ち上げに成功し、無重力状態になったから、どんどん人間が壊れて来ている。
「僕ねえ、既に3回リバースしてるんだよ。
乗り物酔いしたんだよ。
僕ぁねえ、車でだって酔うんだよ。
ヘリコプターに乗った時だって酷い目に遭ったんだよ。
僕が乗り物に弱い事は、よく知っているだろ?
それが何だい、やれ臭いだ、やれ貰いそうだって。
最初から分かってた事じゃないかい」
「だって、本当に臭いから、言わないと仕方ないじゃないか」
「だったらカメラ止めろっつってんだよ。
なんだい、ゲラゲラゲラゲラ笑いながらさ。
そんなに僕がリバースしているとこが面白いのか?
こんな宇宙で吐いたってな、大地に戻るような画にならないんだよ」
「牛乳飲むかい?」
「何言ってんだよ!」
「リバースするなら牛乳飲むだろ」
「やらねーっつってんだよ。
君が言ってる事はねえ、おかしいんだよ。
いつか罰が当たるからな」
ナレーションが続く。
「この言葉は真実となった。
我々はこれからしばらくの間、絶え間なく襲い続ける宇宙酔いと戦う事になる」
「具合悪いねえ」
ディレクターの呟きに、出演者は反応すらしない。
「具合悪いねえ!」
「具合悪ぃよ。
話しかけんじゃねえよ」
「何か面白い事してよ」
「出来ねえって。
具合悪いって言ってるだろ?」
「面白い事すれば、治るかもしれないよ」
「じゃあ自分でやれよ」
この様子を見かねた事務所社長(兼出演者)が、流石に注意をする。
「具合悪いのは重々分かりますが、これテレビです。
ちゃんとしましょうよ」
「テレビが何だって言うんだよ……」
本格的にやさぐれている。
「貴方、自分はヒーローだって言ったじゃないですか。
北海道の英雄である貴方が、こんな宇宙酔いに負けてどうするんですか?」
「ヒーローにだって負けはあるんだよ」
「まあまあ、そう言わずに。
道産子の皆さん、応援してますよ」
「道産子はねえ、なんでこう理不尽な事ばっかりする番組なのかって憤ってるよ。
本州の人間だろ!
僕がゴネればゴネる程、面白いって笑ってるのは。
北海道の人間はねえ、君たちの事をおかしいって思ってるんだよ!」
「まあまあ、そうおっしゃらずに。
今や多くのファンを持つ、北海道が誇る大スターじゃないですか」
「その大スターに何やらせてるんだよ」
「何やらせてるって、宇宙に来る我等がスター、カッコイイじゃないですか。
スターだけに星の世界に、ってね」
「上手い事言ってるんじゃないですよ!
こっちは具合が悪いって言ってんだ」
「僕だって具合悪いですよ。
でも、宇宙に来るなんて夢がある話じゃないですか。
誰それでも出来る事じゃないんですよ」
「JAXAは言ってなかったかい?
今の研究課題は、誰でも宇宙で快適に暮らせるようにする事だった」
「まあまあ、それは将来の話でしょ。
今、宇宙に来られるのはほんの僅かな人たちなんですから」
「だったら行きたいって言ってる人に行かせれば良いでしょ。
僕が一言でも宇宙に行きたいって言ったか?
過去の映像出して来てさ、言い掛かりじゃないか!」
自分のとこの社長に対してもゴネまくる出演者に対し、再びディレクターが参戦。
「だったらこれから動物観察小屋行くか?」
「行けるわけねえだろ」
「じゃあ、覚悟決めろ。
もうおめえは逃げられねえんだ」
「この先、ずっとこの具合悪いの我慢しろってのか?」
「慣れろ」
「慣れろって、どうやって?」
「気合いと根性だ!」
「おめえは大日本帝国か!」
「いいか、ここまで来た以上、おめえはもう転進出来ねえんだ。
ならば不退転の覚悟を決めれば、人間どうにでもなるもんだ」
「綺麗事言い並べてんないよ!
撤退と転進って言い換えたって、何も変わんねえだろ。
何が転進だ、何が覚悟だ」
「何も変わんねえ?
気分が変わるなあ。
負けた負けたってやる気無くするよりは、ずっとマシだなあ。
逃げてどうにかなるなら、逃げろ! で良いだろう。
でも、どうせ逃げられないんなら、ポジティブな言葉に言い換えましょうよ。
プラス思考の方が良い案生まれますからね」
「……そんなもんかい?」
「そうだよ。
宇宙酔いだとか、ネガティブに考えるから良くないんだ。
二日酔いだと思いましょう!」
「具合悪いのに、何の変わりもねえな」
「二日酔いなら慣れるだろ。
二日酔いでも仕事するだろ。
なら二日酔いだって思いなさいよ。
さあ、私は宇宙酔いじゃなく、二日酔いしてるだけなんだって」
「僕は二日酔いしてるだけです……」
「もっと大きな声で!
さあ、言ってみよう!」
こうしてどっかのブラック企業の洗脳も同然に、無理矢理宇宙酔いを納得させてしまった。
(ああいう解決方法も有るのか?)
おススメは出来ないが、JAXA職員には相当な衝撃であった。
彼等は精神論でどうにかしようとは思って無かったのだから。
カルチャーショックを受けていたのは、同乗している東京キー局のチームもである。
声を出さないようにしながらも、ゲラゲラ笑い転げていた。
そして年配アイドルが若手に告げた。
「君ら、無人島とかで泣き言言ったら、あの手法使うで!」




