宇宙ステーションどうでしょう?第5夜
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2022年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
日曜放送の番組で、出演者は過度の緊張と、打ち上げ時の加速度と、そして無重力と戦う姿が放送された。
同時に打ち上げられた北海道のローカル番組の方は?
この放送では、彼等はまだ宇宙船に乗ってもいない。
今回の放送でようやくアメリカに到着したようだ。
そして彼等は緊張でも加速度でも無重力でもない、「無為」と戦う事になる。
「おい、暇だな」
アメリカ到着早々、宿舎の中で出演者がボヤく。
東京キー局のような予算も交渉力も無い彼等は、博物館に行って展示品の過去の宇宙船に乗ったり、過去の訓練の様子を確認したりしていない。
「24時間前には打ち上げの為の専用隔離空間に移動します。
それまでは自由時間ですが、怪我したり病気にならないよう注意して下さい。
怪我なら1人置いていく事も有り得ますが、病気だと全員が危ないので、計画中止となります」
小野に半分脅し気味に言われた事を良い理由として、逆に宿舎から一切出ようとしなかった。
「おい、外に飯食いに行こうぜ」
「おめえ、昔アメリカ横断の時に、外食して嘔吐して酷い目に遭った事忘れたのか?」
「ありましたね。
確か君の買ったばかりのジャージを汚しちゃったんですよね」
「思い出したか、この借金王」
「はいはい、思い出しましたよ。
そして、このオジサン、レンタカーやらモーテルやらで鍵を中に置き忘れて、エラい事しましたよね」
過去の事を思い出して、事務所社長を責め立てる出演者。
「もう忘れましょうよ。
なんで俺に振るんですか」
「いいえ、忘れられませんよ、このダメ人間!!!!
今回、宇宙船のドア閉め忘れるとか、とんでもない事仕出かすんじゃないの?」
「しませんって。
そんな事したら死にますって」
「信じられないなあ、このダメ人間!!!!」
こうやり取りをしている内はまだ良い。
4人一部屋で、終日何もしない。
食事も栄養計算、水分量計算、打ち上げまでの体調を逆算して量まで管理されたものが配達される為、料理をお見舞いしてやる事も出来ない。
宿泊所内で娯楽とも呼べるものは、筋トレルームに行って、トレーナー管理の元で体を動かす事くらいである。
そしてこの筋トレも、ディレクターはしに行くが、出演者の方は動こうとしない。
血糖値やコレステロール制御の為にお菓子も与えられず、急性アルコール中毒を防ぐ為に飲酒も許可されず、唯一気を紛らわす為に糖分を控えたガムだけが与えられ、それを嚙みながら
「俺、アメリカくんだりまで来て、何してるんだろ……」
と出演者はやさぐれていた。
「体動かしましょうよ」
「なんで?」
「退屈で死にそうなんでしょ?」
「退屈だけど、死にそうじゃねえな」
「だったら文句言うなよ」
「死にそうかそうでないかと、退屈な事に文句言うのは別問題だろ」
「文句言うくらいなら、体動かして来いっつってんだ!」
「退屈だけど、体動かしたくらいでそれが解消されるかっていうんだよ」
「やってみねえと分かんねえだろうが」
「まあまあ、お二方とも。
とりあえず宇宙に行っても筋力落とさない為に筋トレ必要ですし、もう宇宙ステーションに居ると思って、筋トレして来たらどうですか?
少なくとも時間は潰せますよ」
このチームが選抜を通過出来たのは、どんな環境でも平気なタフさに加え、この事務所社長兼出演者がチームをまとめて来たからだろう。
全国ドラマにも出演する俳優の方は不平屋だし、ディレクターの一人は無茶な事ばかり言って俳優を怒らせているし、もう一人のディレクターはカメラ回すと一言も喋らなくなる。
この人が意見を調整し、グダグダな状況を前向きに変えることが出来るのだ。
不満は有りまくるのが、まずは筋トレをする。
その様子を喜んでカメラに収める。
俳優として体作りもしていたのか、まあまあ体が動く。
「画としてつまんねえな」
ディレクターのその一言で、また喧嘩が始まる。
「画として面白いのって、怪我したり失敗したりする事だろ!
どうすんだよ、美味しい画が撮れた代償で、ここまで来て中止とかなったら!」
「それはそれで面白いでしょ」
「だったらこんなところまで連れて来る必要無いでしょ!
日本で、はいドッキリでしたってやれば、それで済んだんじゃないですか!」
「まあまあ、これはディレクターが悪いよ。
謝りましょうよ。
貴方はそれで、体を動かし続けて下さい」
口数は多くないが、この人の仲裁で色々と静まるようだ。
この人、若い時にはかなり血気盛んで、怒りっぽい性格だったようだが、年を取って丸くなったようである。
健康面だけで見て若い人を選抜すると、反面こういう人間として熟練してない為の衝突が有り得る。
年配の場を宥められる人間も必要なのだろう。
特に、今までのように宇宙に行けるのが選びに選び抜かれた飛行士や科学者だけでなく、より一般にも開放されるのならば。
こうして無為と戦い続けるこの番組チームであったが、ここに救世主が現れる。
東京キー局の方から
「あの、最後のレクレーションとして野球するんですけど、人数足りないんで参加して貰えませんか?」
と言って来たのだ。
「全力で走らない事」
「無理しない事」
「テニスボール使うからぶつけられても大怪我はしないので、決して乱闘をしない事」
「ウォーミングアップ、クールダウンはトレーナーの指示に従って念入りにする事」
こう注意を受けて、怪我をしない野球もどきを楽しむ事にした。
そしてこの試合、アメリカチーム以外で唯一、宇宙に行く事もないし、若いから全力でプレー出来る小野はセンターを守っていた。
広範囲を全力で走れるのが彼だけだからだ。
そしてやるとなったら手を抜けない小野は、シングルヒットルールだからクロスプレーなど無いにも関わらず、あの日本人メジャーリーガーのようなレーザービームバックホーム(距離的には全然浅い位置から)を投げ込み、キャッチャーをしていた番組ディレクターにぶつけてしまう。
「これこそ美味しい画じゃないか!」
そう大笑いする出演者。
確かに美味しい画だ。
だからそのまま放送された。
そして番組放送後に再び、小野の元に時差を全く考えていない北海道在住の親戚から、賞賛と批難両方のメッセージが届くのであった。