トラメシ
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2022年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
料理人は帽子をかぶっている。
髪の毛や汗が落ちないようにという意味もある。
頭の上に空間を作り、熱がこもらないようにする役割もある。
故にコック帽は高くなっているのだ。
あとは目立つように、料理長程高い帽子となる。
それは西洋の流儀で、国によって違いは出て来るものだ。
中華の場合は逆シルクハット状というか、横に拡がる帽子となる。
日本の場合は筒状の和帽子と呼ばれるものをかぶる。
アメリカは、アポロキャップ、野球帽をかぶっていたりする。
ノートン料理長も料理時に、デトロイトの野球帽をかぶっている。
1894年創設のチームで、ロゴはその時代から変わっていない。
なのにノートン料理長の帽子は、そのロゴから虎が出ている限定モデルで、ファンとして中々ディープである事が分かる。
「無重力だから対流が起こらないから頭に熱を持たない。
誰が料理責任者なのかは、一人しかいないんだから主張する必要はない。
無重力だから髪の毛を束ねておく必要は分かるけど、落ちる事はない。
何より、その髪の毛が無いんだから帽子、無意味だろ」
こんな事を言ったものだから、白石飛行士はノートン料理長からフォースを使わないグリップで首を絞められる事になる。
とりあえず、料理のする際の制服のようなものであった。
そんな仲良く喧嘩している日米タイガースファンの2人だが、白石飛行士の方から
「甲子園料理を食べたい」
という無茶な要求が出された。
「スタジアム風の食事を食べたいなら、コメリカパ……」
「同じタイガースだからって一緒にすんな!
甲子園のメニューだ!」
「そんな事言われても、私はジャパンに行った事は……」
「なに?
作れないの?
CIAだかKGBだかMI6だか知らないけど、大した事ないね」
「カリナリー・インスティテュート・オブ・アメリカ!
決して情報機関ではない!
挑発されては黙っていられない。
コーシエンか何か知らないが、やってやろうじゃないか。
どんなホットドッグ出してるんだ?」
「日本の球場もホットドッグ一辺倒だと思ってんじゃない!
日本の球場はもっと色々売ってる!」
日本のタイガースの事は知らないノートン料理長に教える白石飛行士。
彼は水耕モジュールの担当であり、食糧生産以外に研究課題は特に無い。
料理人の得意分野によって、ハーブ中心になったり、豆苗やもやしという中華で使う食材になったり、春菊という和の素材になったりと、限られたスペースを上手く使って「その時欲しい野菜」をある程度自給出来る。
そういうシステムが完成した以上、セットアップだけしっかりしたら、あとは異常が無いか監視するだけの楽な仕事になって来た。
だからこうやって、急遽割り込むような形で赴任したノートン料理長をいじりまくって、融け込むようにして遊べたりする。
まあ本人の気質もあるのだが。
彼は甲子園の売店で売っている食事を教える。
(彼は関東在住だから、観戦はもっぱら神宮や横浜スタジアムばかりで、甲子園にはほとんど行った事無い筈では?)
そういう疑問も、あるワードによって吹っ飛ぶ。
「甲子園カレーに、ジャンボ焼き鳥……」
「なんだと!」
「カレーに焼き鳥か!」
「ビールは流石に飲めないよな、残念……」
カレーは日本人のツボ、焼き鳥はオッサンのツボであった。
「それで、カレーはどんなカレーですか?」
「モツが入っていて……」
「Motsuとか何ですか?」
「Chiken tripeですね」
「そんな食材アリマセーン!」
「なんで玩具の剣とかピンポン球とかがあるのに、モツが無いんだ!」
それは賞味期限短い上に、あまり食事に応用効かないからである。
「肝心のカレーはどうですか?」
「ルーのブロックが残ってますね」
「それは甘口か、中辛か?」
「全部有りますが、なんで辛口だけ言わなかったんですか?」
「私は辛口が苦手なんだよ!」
「甘いカレーなんて、カレーじゃないでしょ」
「辛過ぎるのは、そもそも食い物じゃないだろ。
辛いっていうのは味覚じゃなくて、痛覚なんだぞ」
「辛くなければカレーじゃない」
「ああ、はいはい。
どっかのグルメ漫画みたいにカレーの味で揉めないように。
ノートン料理長がドン引きしてるじゃないですか」
「中辛一択でいきましょう。
甘口も辛口も一歩譲る!」
船長と副船長の仲裁で、カレー論議は大事になる前に鎮火された。
「とりあえずカレーはこのタイプで。
あと、焼き鳥はそっちで言うグリルとかバーベキューのようなものだから。
ソースが醤油かテリヤキソース使えば大丈夫だよ」
こうして宇宙で日本のスタジアム飯が食べられた。
カレーについては
「黒カレーが良かった」
「いや、自分は新潟のバスセンターのカレーのような黄色いのが好きだな」
「普通に焦げ茶色のスパイシーなのが良いな。
照りが入っている感じの」
こんな感じで食べながら意見が交わされている。
なおジャンボ焼き鳥については、唐辛子粉をまぶして食べていた。
ノートン料理長は自分がなんで日本の宇宙ステーションに派遣されたのかを理解した。
(こいつらを納得させる料理を作れるなら、大概の合衆国の宇宙計画で大丈夫だろう。
食事について、アメリカンもまあまあうるさいが、ジャパニーズはちょっと異常な程だ。
自分はここで得た経験をフィードバックしろって事なんだな)
彼の任期はまだ2ヶ月以上残っている。