宇宙ステーションどうでしょう?第3夜
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2022年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
さて北海道ローカル番組である。
東京キー局の放送同様、こちらも訓練風景なんか放送しない。
さらっとナレーションで
「宇宙飛行士の為の訓練施設に入所した我々は、過酷な訓練を行うのであった」
の一言説明されただけであった。
(結構あちこちのテレビ局が、職員の迷惑も省みずにあちこち撮影していたけど、あれどうなった?)
テレビ番組の宇宙行きで責任者となった秋山は、内心でツッコミ入れまくる。
JAXAにおいて、総理案件で割り込みされた有人宇宙部門は異端児である。
決してメインストリートではない。
JAXAはあくまでも基礎研究・学術的な探査を行うISAS、航空宇宙技術開発を行うNAL、実用的な人工衛星の打ち上げ・運用を行うNASDAからの部門がメイン。
だが、一般受けは有人宇宙飛行、しかも「何をする」ではなく「誰が行く」というものに集まる。
その際たるミッションで、部外者のマスコミ関係者、それも科学担当ではなくバラエティー担当がうろついていた。
そして関係無い部門の所まで撮影しようとする。
頭を下げて各所に協力を仰いで歩いた秋山からすれば
(あれだけ撮影していたのに、使わないのかい!)
とボヤきたくもなるだろう。
まあそれは、行けなかった方の番組に多い。
この北海道のローカル番組は、もしかしたら一般の動画配信者とか、ホームビデオ撮影者の方が良い機材を持っているのではないか? と思うようなハンドカメラで、ひたすら出演者を密着撮影していた。
彼等は他部門に一切迷惑をかけていない。
彼等が迷惑をかけているのは、ただ出演者に対してのみなのだ。
その出演者は、秋山以上にボヤいている。
番組では訓練模様をわずかに5秒しか流さず、あとはずっと閉鎖環境訓練用の宇宙ステーションを模した空間での出演者を映し続けていた。
「何なの、ここ……」
この番組を知っている職員に言わせれば、マレーシアの動物観察小屋でやさぐれていた時によく似ているそうだ。
「何って、宇宙飛行士訓練施設ですよ」
「そんな事ぁ分かってるっつってんだよ。
僕ぁねえ、どうしてここで簡易ベッドに寝ないといけないのか、それを聞いてるんだよ」
「そりゃ宇宙ステーションの中はこんなだからですね」
「宇宙ステーションだからだねえ」
「なにかい?
人類の叡知の結晶である宇宙ステーションは、だ。
こんな動物観測小屋とか北極圏のトラック運転手の為のホテルと同じような寝床しか無いのかい」
「ねえな」
「無いでしょ」
「だって宇宙って無重力ですよ。
ベッドが硬いとか柔らかいとかって、無意味なんですよ」
「なんだよ、それ。
人類が宇宙に行くのに、もっと快適な生活環境を用意出来ないのか。
そんなんじゃねえ、人類が宇宙で生活する日なんて来やしないんだよ!」
このボヤきは、図らずも「こうのす」の現在の開発・運用方針が正しいという事を示していた。
この番組で言っているように、無重力では夜行高速バスの座席のような寝台でも、大して疲労するわけではない。
尻の肉がボロボロ落ちるような悪夢を見るのは、自分の体重が尻に集中するからなのだ。
床ずれなんて言葉があるように、人間は身体の同じ部分を圧迫され続けると血流障害を起こしたりする。
無重力だと、基本的にそういう自重により圧迫は生じない。
しかし、だからといってずっと夜行バスの一般席を良しとはしない。
一般席よりはビジネスシート、それよりはプレミアムシート、更にはファーストクラスのシートを求めてしまう。
宇宙が科学者や軍人だけのものでなくなるなら、その辺は考えていく課題なのだろう。
「この人、ボヤきは凄いけど、言っている事は結構的を射ていますね」
秋山のその感想に、よく知っている職員は
「北海道民が言ってましたが、彼が言っている事は基本的に正しい。
むしろディレクターが言ってる事の方が無茶苦茶だ。
なのに、本州の人はディレクターの無茶ぶりの方をゲラゲラ笑って見ている。
彼がボヤくのを楽しんでいる。
ちょっと可哀想だ、と」
と返して来た。
「まあ、道民全部の感想ではないですけどね」
番組内で、「こうのす」の任務の方針についてディレクターが説明していた。
そういう不満を無くする為に、宇宙での生活環境をより良くする研究がなされている、と。
「じゃあ、僕にもそういうベッドを用意しなさいよ」
「それは宇宙に行かねえと用意出来ねえな。
ここは訓練施設なんだから」
ディレクターのぶった切り発言をフォローするように、共演している事務所社長が
「ねえ、訓練一生懸命しましょうよ。
宇宙に行けば、その素晴らしい研究成果を見る事が出来るんですから」
と話を纏めていた。
「ところで、腹減りましたね。
話が纏まったところで、何か作って下さいよ。
それも訓練の一環ですから」
「僕が作るのかい?
いいでしょう。
食材はここかい?」
そしてナレーションが入る。
「我々は忘れていた。
この男は、普通にガスが使える状態でも食事を一品作るのに一時間かかってしまうのだ。
まして宇宙ステーションと同じように、電熱調理や湯煎しか出来ないこの状況では、どれだけ料理に時間をかけてしまうのだろうか?
我々はかつてない危機に見舞われるのだった」
そして次回に続く。
「…………ずっとこんな感じですよね?」
「多分来週もずっと愚痴言って終わりますよ。
延々とレンタカー移動の後部座席で愚痴り通して30分終わる事もザラですから」
普段バラエティー番組を見ない秋山には軽く衝撃的な話であった。
後枠:
「さて来週は久々に私が、料理をお見舞いします。
お楽しみに!」




