宇宙ステーションどうでしょう?第2夜
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2022年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
宇宙に行く前から気合いが入った男性アイドル番組。
もう一方の北海道のローカル番組は、グダグダが売りであった。
番組開始前の説明部分で宇宙の帝王絡みの茶番劇を見せられる。
このクオリティーの低いコスプレこそ、番組の面白さとも言えた。
さて、番組本編。
こちらの番組も、あっさりと訓練施設入所に話が行かない。
まず出演者がゴネ始めた。
「何か質問は?」
「とりあえず山ほど有るけどよ。
宇宙ってそんな簡単に行けるのかよ?
何かすげえ訓練とか有るんじゃねえのか」
「正解です。
まずは宇宙飛行士になる為の訓練からです」
「あの、水入ったバケツみたいに、ブンブン振り回されんのかい?」
「ああ、やってみたいですか?」
「やりたかねえよ!
僕ぁねえ、ああいう事をやる人間じゃないんだよ!」
文句が多い。
だが、この場合この出演者の方が正論である。
過酷な訓練は、本人の希望が第一なのだ。
やらされる訓練なんて拷問でしかない。
以前のミサイルと同じ本体を使ったロケットで打ち上げていた時代よりも緩やかになったとはいえ、降下訓練とか火災現場からの離脱訓練、水中からの脱出訓練などはハードな事に変わりない。
この訓練の何が過酷かというと、時間制限がある事である。
例えば打ち上げ途中に爆発事故が起きてしまった場合。
急いで緊急脱出装置を起動させる。
その際に上手く脱出出来れば良いが、衝撃の影響で自動での脱出が困難になる可能性もある。
万が一の時、自分の判断で、自分の力でハッチをこじ開けて外に逃げ出す。
急ぐ必要はあるが、それでも最低限の準備は確認する。
少なくとも、パラシュートが無いのに外に逃げるような粗忽者ではいけない。
船内で火災が発生した場合、それは大気圏内なのか、大気圏外なのかでも行動は分かれる。
瞬時の判断力が問われる。
やる気が無い人では、どうしても判断に遅れが出て、それが致命的な結果を招く事だってあるのだ。
それ故、指導する側も厳しく指導せざるを得ない。
厳しく指導しても着いて来るのはやる気がある者だけだ。
やる気が無い人に如何に厳しく指導しても、結局身に着かない。
だが番組では、そんなモチベーションの低い出演者を脅しに掛かった。
「もし、訓練でダメだったらどうするんですか?」
「代替企画が有るから、そっちやるぞ。
マレーシアのジャングル……」
「もういいです!
宇宙の方がまだマシです。
本気で訓練します!」
「一応言わせろ。
3月半ばに地球に帰って来るんだけど、仮に宇宙に行けなかったら、その帰還の日までずっと動物観察小屋での生活だ」
「もしも、1月途中で脱落したら、残り2ヶ月くらいずっと?」
「そう、ずっと」
実際には計画が早まって2月末に地球に帰還となったのだが、だとしても1ヶ月くらいの代替企画で収録させられた事であろう。
秋山はテレビを見ていて、この番組に詳しいスタッフに聞いてみた。
「宇宙行くのと、動物観察小屋、私は宇宙の方が厳しいと思うんですけどね」
これに対する返答は
「彼等は宇宙には行った事が無いので、訓練がどうかは知らないでしょう。
一方、動物観察小屋には2回行っていまして、今までで一番過酷だったとボヤいています。
経験から見て、まだ試した事が無い方を選ぶんじゃないですかね」
「そんなに過酷なんですか?」
「秋山さんは、歩けばヒルに血を吸われる、道は雨とかで壊れている、10時間以上そんなジャングルの中を歩いて、エアコンも無い高床式の小屋に辿り着く。
そしてここが一番肝心なんですが、そうまでして来た動物観察小屋で朝まで動物を見ようとして、1匹も現れない。
どうです?
やってられますか?」
「やってられませんね」
「それを2ヶ月も続けると言われたら?」
「2ヶ月あれば、動物は見られるんじゃないですか?」
「見られないかもしれませんよ。
僕だったら嫌ですね。
まだ宇宙ステーションに行ける方がマシじゃないですかね」
「結果が着いて来るだけマシって事ですか」
人間、無為が一番つらいという話もある。
やった分の達成感が無いのは、精神的にキツイ。
その上、肉体的な負担も相当なものがある。
その企画を行った時に比べ、20年以上の時が流れ、既に肉体的には若い時の体力が無い。
それに比べたら、70歳以上でも行ける宇宙の方がマシな企画だったかもしれない。
そしてやっと入所シーン……かと思いきや、そこに向かう途中の車内でやはりまだゴネていた。
「動物観察小屋も嫌だけどさ、もっと他の企画無いのかい?」
「おめえも往生際が悪いな。
さっさと観念しろよ!」
「俺さぁ、結婚して子もいるんだよ。
そんな人間をさあ……」
「宇宙飛行士には妻子持ちはいっぱいいるだろ。
おめえ、家族に電話掛けてただろ?
何て言われたんだ?」
「『また騙されたよ』って言ったらさ、『またかい』で終わったよ。
娘にも電話したらさ、『パパ、バイバイ』だったよ」
「そうでしょうね。
だって、家族には予め話を通していましたから」
「何だよ!
俺だけ知らなかったのかよ!」
「最近はですね、コンプライアンスってものがありましてね。
家族には最初に話をして、協力を頼んでおいたんです」
「マジかよ……」
「我々はこういう時は用意周到なんです」
ベクトルの違う用意周到さに打ちのめされた出演者を乗せて、車は訓練施設に向かって行った。




