アメリカの料理人問答
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2022年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
第六次長期隊の先発隊3人が「こうのす」に到着する。
これと交代で、第五次長期隊から3人が地球へと帰還する事となった。
帰還、というか宇宙ステーションから出て行くものは飛行士だけではない。
ゴミの他に、不要となった実験機器も廃棄される事になった。
本来ならば地球に持ち帰りたい。
安い装置ではないのだから。
しかし、現状実験用ラックを搭載して大気圏再突入出来る宇宙船は、日本には無い。
有翼宇宙機開発チームが努力をしているが、「こうのす」の運用期間中に完成する見込みはない。
普通の大気圏内用大型航空機の開発ですら、中々出来ないのが現在の日本である。
作れない事はないが、まだまだノウハウ不足。
だから、今出来る基礎的な研究を一個ずつ積み重ねて行くのが重要だ。
第六次長期隊には、特別な任務は無い。
というか、今後はもう「長期滞在する」事そのものが任務となっていく。
第一次長期隊は、宇宙ステーションを立ち上げる事自体が任務であった。
第二次長期隊は、増設作業で6人体制での運用を確立させる事が任務であった。
第三次長期隊は第二次拡張作業と、農業生産についての諸問題を解決する任務があった。
第四次長期隊以降は、科学的な実験、技術実験はあったものの次第に「宇宙でいかに地上と同じような生活をするか」が主任務にシフトする。
そしてついに
「長期間観察を要するような実験は全てISSに集約するから、ちょっとした実験は全部短期滞在隊にやって貰う。
長期隊は宇宙農業による食糧生産及び、循環する水系の研究に専念して貰う」
となってしまった。
化学系、工学系の長期実験は行われない。
環境調査や天文観測のようなものは、専任は置かず短期滞在で使用する他、非常時には全員で対応する事となった。
こうして長期実験用の資材置き場に使っている場所を、食糧やその他生活物資置き場として利用する。
更にこの後の第七次隊からは、無重力で筋肉や骨の衰えを防ぐトレーニング機器が一新される。
従来の物も残すが、新しい物を搬入出来るよう空間を確保する必要がある。
こうした諸々を見るに、第六次長期隊の任務は更なる長期滞在の為に宇宙ステーションを整理整頓する事かもしれない。
「次の調理主任、アメリカ人だって?」
「そうです。
次の便で来ますが」
「アメリカも長期滞在における生活環境の向上について、本気で考え始めたって事ですね」
「そのようです。
自前の料理人を確保したいようで、ISSでそのデータ取りは出来ないから、こちらで試すようです」
「共同生活なんかの訓練はしてないんですよね」
「そうですね。
割と急遽決まりました。
アメリカの方で使える目途が立ったから、言って来たんでしょう」
第五次の井之頭船長と、第六次長期隊を率いる古関船長が会話する。
古関船長は、第三次長期隊では副船長を勤めていた。
井之頭船長は堅物と評判であり、華やかさが無かった第五次長期隊に合った人材だったかもしれない。
その井之頭船長は、逆にアメリカ側の自信の無さを見て取った。
「まず、手っ取り早く宇宙に料理が出来る人を送って、生の情報を得たかったと思います。
目途が立ったとしても、ゴリ押ししては来ないでしょう。
本当に使える人なら、三ヶ月滞在の第六次隊でなく、半年に延長される第七次隊に入れた方が良い。
その方が多くの情報を得られますから。
私は、半年の滞在にはまだ自信が無いから、三ヶ月ですぐに帰って来られる人を割り込ませたと見ています」
「と言いますと?」
「アメリカも、半年も自分の料理人で日本人を食わせていく自信が無かったのでしょう。
腕とかは多分確かだと思います。
ただ、アメリカにしても実際に自分の国の料理人を派遣するのは初の事です。
チャレンジ精神と完璧主義が同居する連中ですから、今回の人員は『始まりの1人』、工業的な言い方をすると『プロトタイプ』であり、この人の結果を見て更に料理担当者の育成技術を磨いていくんじゃないでしょうか」
「なるほど」
「あと、NASAは専任の料理人は置かないと思いますよ」
「いや、料理人を送り込んで来ましたよね」
「今回はそうです。
あと、2,3回はそうするのではないでしょうか。
しかし、本命の月や火星では、料理しかしない人員を送るなんて事はしないと私は思います。
そんなリソースを割ける程の余裕は無いでしょう。
地球周回の宇宙ステーションだから、専任の料理人なんて事が出来ます。
ノウハウを得て、宇宙での料理について学べたら、月や火星で探査活動をする飛行士や科学者に料理を教えて、彼等が兼任で交代しながら食事を作るようにする、そう考えています。
例えば3人しか火星に送れないなら、宇宙船運用スタッフ、研究者、料理人という人員にするのではなく、全員が操縦出来て料理も出来る研究者であった方が良いでしょう。
地球周回と違って、すぐに交代出来ないわけですからね。
その教育の為のノウハウを作りたい、だから急いで3ヶ月滞在の方に入れて来たんだと思います」
「なるほど。
次回に回せば半年は帰って来られないわけですからね。
料理人だけを交代させるっていうのも、問題が無い限りはしたくない。
チーム全体での長期滞在を見るわけですから」
「まあ私の勝手解釈ですがね」
「いや、納得がいく解釈です。
なるほど、我々はアメリカの実験台になるわけですね」
「……言い方には気をつけましょうよ。
まあ、我々は宇宙でいかに健康で精神的にも負担の少ない生活を送れるかの研究材料な事は確かです。
日本主体であっても、アメリカが主導権を取っても、どちらにせよ人類の宇宙進出の為ですよ」
「井之頭さんはもう帰るから良いですよ。
我々はこれから三ヶ月、その人の料理を食べて生活するんですから」
「腕は確かだと思いますけど」
「いや、一緒に訓練していないので、腕の程はよく分かりませんので」
「過去の料理担当者たちも、宇宙に来てみないと実際のところは分かりませんでした。
アメリカが送り込むくらいです。
育成ノウハウに自信が無いだけで、腕は確かだと思いますよ。
あとは宇宙での料理を手助け出来れば、乗り越えられるでしょう」
「でも、アメリカが送って来るんですよ。
フランスとかイタリアと違い、アメリカって『あのイギリス』の子孫ですよ」
「……あまり失礼な事を言わないように。
これから3ヶ月一緒に過ごす人なんですから」
やはり井之頭船長は堅物であった。




