第六次長期隊料理主任選考の異変
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2022年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
日本独自宇宙ステーション「こうのす」は、宇宙飛行士の訓練と、ついでだから科学実験も一緒にやってしまえという貧乏性が「やはり訓練機では狭過ぎて何も出来ない」という事実に行き当たって生まれたものだ。
本来はISSでやるまでもない科学実験を行う予定であったが、結局のところ「過去に米ソがほとんどやっていて、追試するまでもなく、過去映像で十分」な実験を、わざわざ応募して行う必要も無いという結論に行き着く。
スカイラブやミール、更にはスペースシャトル時代に行われた実験を、有人宇宙飛行では遅れを取っていた日本や、これから宇宙に進出しようという新興国の若者にやって貰う事にも意義を見い出していたのだが、諸種に事情で中々日本で大々的に訓練を行う事も出来なくなった。
更に協力者のアメリカも、実験系はISSの方で巻き取ると言う。
そして「出来るだけ快適に、地上と同じような生活を行う」事が最大の実験テーマとなった。
他の事も行うが、主テーマは「快適な生活追求」である。
理由は2つある。
アメリカが計画している「月恒久基地」や「火星有人探査飛行」という宇宙長期滞在において、飛行士に負担をかけない生活をさせる為のデータ収集を任された事が1つ目。
これは費用対効果の計算も関わる。
予算をかければ、幾らでも快適な空間は作れるだろう。
だがそれを打ち上げられるのか?
予算的にそこまでする必要があるのか?
その快適さを維持するのに、どれだけの物資を使用するのか?
こういうのを分析する。
その費用対効果の研究にも関わるが、2つ目の理由として、日本側がノリノリで「生活環境の向上」に取り組んでいる事が挙げられる。
半分以上悪ノリに近いものだが、アメリカ側も驚いた
「そういうやり方もあるのか!」
「これを実現するのに、こんな低予算で出来るのか!」
「既に民生品で存在していたのか!」
という成果から、暴走は阻止しつつも日本にやりたいようにさせる事にしたのだ。
アメリカ人は、割と過酷な環境でも我慢して生活する。
ではあっても、そういう個人の我慢に期待してはならない、というのがアメリカというか、自由主義の国の考え方である。
現場の最大限の限界までの努力を前提に計画を立てるのは、どちらかと言うと自由主義陣営ではないのだが、日本にもその気があるので笑えない。
むしろ悪ノリで生活向上に傾いたせいで、「こうのす」はその悪癖から免れたとも言える。
月基地滞在も、火星探査も、1960年代のような国家の見栄で、過酷な環境にも耐える軍人を行かせるわけではない。
学術的な意味合いが(名目上は)強いので、科学者やそれを支援する技術者(基地や宇宙船のメンテナンスを担う)も派遣される為、そういう人たちに辛抱を強いる訳にもいかないのだ。
こういう風に長期滞在特化になった事で、一つの珍事が起こった。
「第六次長期隊の料理主任だが……アメリカ側の是非にという要望で、アメリカ人の料理人となった」
「え?
フランス人でもイタリア人でもなく、アメリカ人?」
「イギリス人よりはマシですかね」
「待て。
君たち、アメリカ人にどんな印象持ってるんですか?」
「大味」
「味の種類が甘い、脂っこい、多いの3拓」
「『多い』ってのは味の種類じゃないけど、連中には味の一つ」
「味覚を舌じゃなく、胃袋で感じる連中」
「食事の量がLとXLとそれ以上になる人たち」
「スーパーサイズな奴」
「日本に来て毎日トンカツ食ってても痩せるような、スーパーファット」
「顎が外れそうなハンバーガーと、ホールケーキのようなピザが有れば満足な国民」
「ケチャップがあれば世界中どこでも生きていける連中」
「いや、ホイップクリームも必須だ。
ホットケーキに山のように生クリーム盛るからなあ」
「青とか虹色とかの、胸焼けする程甘いケーキを食べてますね」
「ポテトフライをサラダだと思う食生活」
「宇宙ステーションでもバーベキューを焼きそう」
「いやいや、それは大食いのアメリカ人しかいないステレオタイプだ。
本当の彼等はコーンフレークにミルクぶっかけて食べ、栄養補給にサプリメント飲んで過ごすぞ」
「食わんやつは本当に食わんからなあ。
薄いコーヒーだけで済ましているし」
アメリカをディスりまくる一同に、秋山は溜息を吐く。
「……NASAの推薦ですよ。
そんな酷い料理人が来る訳ないでしょ。
経歴書を見るとニューヨークの星付きレストランでの経験あり。
それと……え?
CIAの卒業生?」
「え?
CIA?
エージェント出身の料理人ですか?」
「宇宙で何の情報収集を?」
「確かスパイが宇宙に行った映画もあったような」
「それはMI6、イギリスのダブルオーナンバーじゃなかったか?」
喧騒に包まれる選考会議。
よくよく調べてみると、アメリカには米国料理芸術学研究所(カリナリー・インスティテュート・オブ・アメリカ)、通称「CIA」という料理学校があるのだ。
もちろん中央情報局の方のCIAとは何の関係も無い。
「アメリカで、ISSでも大丈夫なレベルの宇宙飛行士養成訓練を終えている。
うちで第一次長期隊の料理主任を勤めたベルティエ氏の指導も受けている。
アメリカとしては、月や火星での長期滞在に向けて、自前の料理人を育成したいようで、
『鍛えてやって欲しい』
というメッセージが同封されて来てます」
きちんとした目的と、確かな経歴。
流石に「メシマズイギリスの末裔」とディスり続けていても話が進まない。
結局このアメリカ人ジェフ・ノートンを料理主任とする事に決まる。
こうして第六次長期隊は、アメリカの意向も入った出発となるのだった。




