実際に行った人たちの意見
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2022年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
「皆さん参列ありがとうございます」
秋山がPCに向かって語る。
画面にはこれまで「こうのす」に滞在した飛行士たちがいた。
日本人もいるし、外国人もいる。
3ヶ月の長期滞在者もいれば、一週間程度の短期滞在者もいる。
1年以上前に帰還した者もいれば、つい最近の短期滞在を終えた者もいる。
宇宙船の操縦が出来る飛行士の他に、研究専任のミッションスペシャリストという人たちも滞在した。
さらに「こうのす」でなくISSに滞在した本格的な宇宙飛行士にも参加して貰った。
全員集合ではなく、参加可能な人たちでのオンライン会議となった。
議題は「こうのす」は現状で良いか、より快適にすべき点は有るのか? である。
「意見というより、滞在中の生活面での感想を聞かせていただければ幸いです」
これに対し、まずは正規の飛行士たちが口を開く。
「まず二週間程度では何の不都合も感じません。
快適かどうかというよりも、自分のこなす任務で手一杯。
余計な事を考えてはいませんでした」
「ですね。
3ヶ月滞在でも任務で忙しい期間は、余計な事は頭に無かったです」
人間、忙しいと贅沢をする気持ちが起こらないようだ。
「寝る時間と、苦痛にならない寝床さえあれば十分ですよ」
「ですね」
極端な話、プカプカ浮いていられる無重力状態では、硬い寝床だろうが柔らかいベッドだろうが大して変わらない。
不快なのは寝袋が寝汗で湿っている時くらいだ。
飛行士たちは、自衛官上がりは劣悪な環境でも眠れるよう訓練されているし、民間のパイロット上がりでも「操縦室にある仮眠用席で眠る」「早朝便の為に宿舎で速攻で眠り疲れを取る」という事が出来るようになっている。
余程不快な環境でなければ、文句は無いようだ。
「まあ、ジェミニ改の操縦席でずっと寝るのは勘弁ですが」
「いや、あれはあれで味がある寝場所だ」
ジョークで場が和む。
ミッションスペシャリストからも発言される。
「確かに忙しい時期は、生活環境について不満とか無かったですね」
「まあ、僕たちの時は石田さんが生活についてフォローしてくれたので、研究に専念出来ましたし」
石田さんは、第二次長期隊の船務長として、毎日の料理の他に洗濯や掃除も率先してくれた女性である。
彼女は研究者ではなく、農業モジュールで生産された野菜を有効に使用する為の料理担当であったが、それだけでは物足りなかったようで、家事に相当する仕事を率先して行った。
本来は料理、長期滞在の為の「自給自足実験」の意味も含む任務以外は、全員で持ち回りで行う規則であった。
普段はそうしていたが、どうしても多忙な時期もあったりする。
その時に交代で、多忙なものの作業を分担するのではなく、石田船務長が専らこれを引き受けていた。
「では、暇な時期はどうだったのですか?」
「それと、多忙な時期でもコーヒーと、一部紅茶の摂取量が増えていましたね。
やはり何かストレスがありましたか?」
地上担当者の質問に、様々な答えが返って来る。
「暇な期間は、ネット使ったりメール出したりしていましたね」
「論文とか書かなかった?」
「ああいうのは、切羽詰まってからやるものでしょ」
「忙しくならないと、論文も書く気が起こらないとか、難儀なものだな」
「まあ研究者ってそういうとこあるからね」
「やっぱり〆切って偉大な存在だよなあ」
「なんか話がずれて来ていますね」
「ああ、すみません。
暇な時期はそうやって、気を完全に抜いていましたよ。
やはり無重力で生活しているだけで、完全には緊張が取れなかったりするので、休める時はひたすらぐーたらしてた感じですね」
「ですね。
その休んでいる時間以外は、何だかんだで当直とか、筋力トレーニングとかがノルマでありましたし」
「眠っていても目の裏のチカチカで、変に目が覚める時もありましたし、眠りが浅いんですかね」
「忙しくて疲れていると、そういうのも気にならないんですが」
コーヒーについては、アメリカ側から意見が出た。
「そういうものだ!」
「何ですか、その意見は?」
「どんなに処理した水でも、やはり宇宙ステーションで飲む水は何か味気ない。
だからコーヒーこそ宇宙ステーションでは至高の飲み物だ」
「これだからアメリカ人は……。
紅茶こそ人類の文明の粋だと思わんかね?」
イギリス人だけに茶々を入れるが、アメリカ人は無視する。
紅茶は、コーヒー派に比べて1対8と不利なのだ。
なお、残り1割は緑茶派である。
そして本題。
「トレーニングとかどうでした?」
「必要があったから」
「ノルマだから」
「他にする事も無いし」
「必要が無ければ、やらなかったかもしれない」
否定的な意見が続く。
軍人上がり、自衛官上がり、体育会系は好き好んでしていたが、世の中そういう人たちだけじゃないようだ。
大体、2時間程じっくり体を苛める、負荷をかけるというのは、そういう習慣が無い人には苦痛である。
骨や筋力劣化を防ぐ為に、あえてきつい負荷にしているのだし。
どうやらゲームのように楽しく取り組めるというのは、意義のある考えなようだ。
なお、コンピューターゲームというのも宇宙飛行士は持ち込んでプレイしたりするが、
「暇な時期が1ヶ月も続けばクリアしてしまい、飽きる」
という意見もあった。
これは大気圏突入機の降下実験を担い、短い非常に多忙な時期と、長いその他の特にやらないとならない事が無い期間とを経験した第四次長期隊の栗山飛行士の意見である。
「ネットやメールや、ゲームのダウンロードがしやすいよう、個人のネットワーク回線をもっと強化して欲しい」
ミッションスペシャリストたちはそれを望む。
秋山たちはその意見を参考にして、今後の滞在期間が延長された後に向けて改良案を考えるのだった。
オブザーバーとして会議を見学していた某ゲーム開発会社では、下に発破を掛ける。
「さあ、でかい仕事が来たぞ。
宇宙で筋力を落とさず、かつ長時間プレイしても飽きが来ないような、体感型ゲームを考えるのだ。
宇宙で上手くいったら、普通に地上でも展開するぞ!
さあ、企画を考えて来い!」
……また一つ難しい事を短期間でさせようとする、ブラックな企業活動が始まるのだった。




