アイドル番組、訓練模様
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2022年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
翌週もアイドル番組では宇宙関係のものが放送された。
この番組、毎週違ったテーマで色々放送するから、二週連続は珍しい。
しかし、まだまだ宇宙には行かない。
この訓練は、選抜前のお試しのようなものである。
だが、訓練風景には中々入らない。
ランニングしたり、筋トレしたり、水泳をして肺活量を鍛えたりする映像が流される。
テロップには
”これは間もなく五十のこの男には厳しい”
とか
”五十肩だから腕が上がらない”
という痛々しい文章が表示される。
「あの人、私よりも年上なんですよね」
秋山がそう言うと、周囲も
「そう言えばそうですよね」
と改めて思っていた。
書類相手の秋山よりも、このアイドルの方が年長なのだが肉体的には若々しい。
そう思っていたが、やはり年相応のガタが来ていると強調される。
一方、若手アイドル3人は
英語中学生用
数学中学生用
理科中学生用
を必死で勉強している。
テロップには
”この3人、体力はあるが勉強の方が……”
と表示されていた。
だが、これは勉強をやって来なかっただけで、コンピュータの操作や工作なんかは割と高度な事が出来る。
そちらの方は、指導している人も
「おお、上手い上手い」
と褒めていた。
なお、オッサンチームは更にその上を行く。
コンピュータのオペレーションは
「最近、小さい字が見えへんのよ」
とか
「年取ると新しい事覚えるのが大変でさ」
とか寂しい事言っているが、半田ごて持って電子回路を直したり、鉄板を溶接したり、有り合わせの材料で修理をする練習が
「あれ、プロ顔負けでしょう」
「まあプロは更に上ですけど、素人よりは遥か上、プロに片足突っ込んでますね」
という姿であった。
「あれって、うちの訓練場に来る前?」
「みたいですね。
自主練してたとは聞きましたが」
「自主練……。
そのレベルじゃないでしょ」
「確かに……」
有人宇宙部門の人間が舌を巻いている。
感心していたら、いきなり雪玉を作る企画に切り替わり、見ていた職員一同ズッコケてしまった。
「体力が必要」「頭脳も必要」「それを巨大雪玉転がしに活かしてみよう」という話の持って行き方であった。
「あの番組、真面目に取り組んでいたんですねえ」
確かに、訓練場に来た時には、他の番組の訓練生と違って結構準備が出来ていた。
それも11月の降下訓練とかの段階で、である。
他の番組は、この時期はまだ本業が忙しくて、準備を整えていなかった。
1月の訓練場入りからやっと体を作っていったようなものであり
「そりゃ訓練で、1チームだけ他とレベルが違ったわけだ」
と納得出来る。
この番組放送の翌日、広報担当者がテレビ局に呼ばれた。
次からJAXA内の映像も使うから、見せてはいけないものが映っていないか、確認して欲しいとの事であった。
ドローン空撮映像で、何点か見せられない(位置特定に繋がるもの、開発中のもの等)が映っていた為、それを指摘する。
確認作業の合間に、番組プロデューサーや構成作家と話をする事が出来た。
「先週の放送も観ましたよ。
なんかすぐ行くって返事だったって聞いたんですけど、実際はあんな感じで真剣に考えていたんですね」
そう言うと
「いや、その方が演出です」
とあっさり返された。
実際は若手アイドルは
「宇宙!
スゲー!
行けるんすか?
マジ行きたいっすよ!」
という反応だった為、
「YOU! 自分の命を何だと思ってんだYO!」
と社長から小一時間説教されたそうだ。
「彼等、基本深くものを考えないんで。
危険だって思ってなかったそうです」
そして、散々に危険が伴うと言われた後のtake2で
「次回の話し合いまでにじっくり考えて来ます」
になったそうだ。
「はあ、そんなものなんですねえ」
テレビ番組の裏側を知り、溜息を吐くが
「事務所としても、そんな簡単に死ぬかもしれない場所にタレントを出せませんからね。
コンプライアンス的にも、しっかり説明し、引き留めて、それでも決意を持って行ったって形にしておきたいんですよ」
という事であった。
「あれ?
でも、その後の時間の番組では、南極行ったり、コモドドラゴンと競走したりと、危険な事やってますよね?」
と聞くと
「あれも、裏ではちゃんと保険かけたり、注意したり、色々やってるんですよ。
それと、あの番組はお笑い芸人中心だから、言っちゃなんですが命の値段が安いんです。
アイドル事務所の場合は、命の価値が遥かに上です」
と酷い事を言ってのける。
酷いですね、と軽く批難するとプロデューサーも苦笑いする。
「我々が決めた命の値段じゃないですよ。
保険会社の算定です」
保険料、それとタレントに対する投資金額で雲泥の差があるという。
「後の時間の番組の方は、大手事務所でも
『死なない程度に大怪我するなら、それは美味しい』
とか言ってくるくらい、命の価値が軽いんです」
と酷い現実を語っていた。
お笑い芸人とは使い捨て、死んだら企業的には面倒だが、そうならなければ話題作りに丁度良い、そう考える人たちも居るという事である。
「でも、そうなると疑問です。
どうしてそっちの番組の企画でなく、命の価値が高いアイドルの方の番組になったんですか?」
その質問の答えは
「彼等が真剣に取り組んでも画が汚いので。
おちゃらけてやるくらいで丁度良いのですが、それだと落選が目に見えてましたからね。
練習風景を含めて、画になる人たちが良かったんです」
と、これまた酷い回答であった。




