アイドル宇宙旅行、まずは人員選抜の回
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2022年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
芸能人が宇宙に行って来た。
その話題が盛り上がっている内に、早速某人気番組で放送が始まった。
まだ地球帰還から日が経っていない。
しかし、訓練の模様は数ヶ月前から撮り溜めしていたから、既に編集はし終わっていた。
宇宙での様子は、これから数週に分けて放送されるのだから、その間に編集すれば良い。
放送はまず、そのアイドルに宇宙行きが告げられる所から始まった。
「え? 宇宙行けるんすか?
ホンマですか?
冗談言ってませんか?」
実はその話が伝えられた時、そのアイドルは慎重であった。
彼は数年前に結婚して、子が産まれたばかり。
子を残して死ぬ訳にはいかない。
そういう心理が、宇宙飛行という死と隣り合わせの企画に慎重にさせていた。
(と、ナレーションで語られる)
だが、その慎重さも一転する。
「リーダー行かないんなら、俺が行きますよ」
そうメンバーが行って来たのだ。
「待ちや。
この話は僕に来たんやで。
俺が行くのが筋やろ」
「でもリーダー、行く気無い感じだったじゃん」
「いや、慎重になるのよ。
僕もな、もう一人だけの身じゃないからな」
「やっぱり俺が行った方がいいじゃんかよ」
「ダメだ。
ここは僕が行かなあかんやろ」
「ちょっと待って下さいよ。
なに2人で話進めているんですか。
僕だっているんですよ」
「おめえも既婚者だろうが」
「それ関係ないですよ」
こうして揉め始める。
一方、彼等の元の事務所。
番組に参加している若手のアイドル3人が会議室に呼び出される。
顔出しはしていないが、声だけで事務所社長(会長は出演せず)とマネージャーも参加。
「正直、我々としては行かないで欲しいと思っています」
マネージャーが告げる。
「生命の保証が有りません」
更に警告する。
「それでも良いと言うなら、覚悟を決めて立候補して下さい。
もう一回言います。
我々としては勧めません」
他人の生命を預かる身としては当然の態度だ。
テロップで
”3人は次回の話し合いまでにじっくり考えて結論を出す”
と表示される。
そしてどういう経緯でその結論を出したかの過程は省略し
”まだ宇宙に行けるとは限らない。
宇宙飛行士になるにはこれから過酷な訓練と選考が待っているのだ!”
そうナレーションが入る。
(いや、そんなに厳しい選考してなかったじゃないか。
一般の選考に比べて、かなり緩いのだが)
JAXA職員は見ていてそう感じた。
”結局3人とも訓練を受け選抜に臨む事を決意する”
そのようなナレーションに対し、やはり関係者は
(実際に宇宙に行く行かないはともかく、まず訓練を受ける所までは既定路線だったのでは?
途中で行く気無くしても、選考で落選という形にすれば問題ない。
1人しか選考に行かないと、その人に何か有った時のバックアップが居ないから困る。
それに訓練までは受けていないと、取材が出来ない)
とヤラセとまではいかないが、演出の可能性を見ていた。
そしてナレーションは
”一方、この男たちは……”
と変わる。
「リーダーだけズリいって!」
「僕にも行く資格有りますから」
「お前ら、まず落ち着け。
全員行って全員落ちたらシャレにならんぞ。
ここはな、年長の僕がやな」
「だから、俺1人行けばいいじゃんかよ」
「ここは勝負して決めましょう」
そうして舞台が変わり、何故かどこかの海上。
「今から一番でかい魚釣ったやつが勝ちだからな!」
(何故そうなった??)
JAXA職員全員が首を傾げる中、深海魚釣りが始まった。
そしてここから宇宙ではなく深海番組に切り替わる。
何故か釣れていく、深海サメとか何年ぶりとかに発見とかの魚。
「これ、何の為の勝負?」
「深く考えたら負けです。
まだ深海魚を釣るとか、科学的で分かりやすいと思いますよ。
時にはカブトムシで勝負したりしますから」
結局勝負は、リーダーが終了間際に巨大魚を釣り上げて、大逆転勝利となる。
「ヤラセ?」
「ヤラセにしても、あんな希少な魚をどこで捕まえるんですか?」
「て事は本当に幸運持ちですか?」
「ですね。
我々は顛末を知っていますが、宇宙滞在中にガンマ線バーストの観測機会に恵まれるとか、普通の人じゃまず経験出来ませんから」
そして番組は、料理番組へと変わる。
釣り上げた深海魚の中から、食べられるものを持って漁港に帰る。
そこには料理店の店長がいて、深海魚を捌いて食べる事となった。
なお勝負の結果とは関係なく、全員訓練は受ける事になる。
五十代突入する1人だけに訓練して、ギックリ腰にでもなったら番組がとん挫する。
全員交代が可能なように訓練すると決まり、深海魚を食べながら乾杯していた。
「じゃあ、さっきの勝負は何だったんだ?」
「深く考えたら負けです。
勝負は、したかっただけでしょう」
そして続きは次週という事がテロップで流されて番組終了となった。
「結局全員訓練したんですよね?」
「全員しましたね。
最終的にはスタッフ入れて4人が、訓練機器を使っていましたが、バックアップ要員は他にもいましたよ」
「それにしても……」
誰が宇宙に行くか、深刻な話し合いから始まり、最終的には全員行けるよう準備だけはする、ただそれだけの事で海に行ったり料理したりと1時間番組に仕立てられる企画力は大したものだった。
章立てを新しくしました。
本来ここは101章ですが、100章以上は無理なので過去の番号、第9章に戻っています。