番組スタッフ、宇宙ステーションに到着
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2022年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
テレビ番組チームを乗せた宇宙船は、「こうのす」と無事にドッキングした。
調整時間が終わり、ハッチが開く。
まず真っ先に、カメラを持ったスタッフが入室して来た。
彼等が場所取りをした後
「はい、お願いします」
という声の後に、アイドルが変身ヒーローのような感じで入って来た。
余談である。
かつてアポロ11号の月着陸の際、最初に降りて来た宇宙飛行士の映像が流された。
ここで疑問を持つ者が現れる。
「最初の飛行士が降りて来るのを、誰が撮影したんだよ」
これを持ってアポロ11号の月着陸は「実際は地球上で行われた」とか言い出す者もいた。
この実態は、撮影されたのは2人目であった、最初の飛行士というのは違うという事である。
最初の飛行士は、カメラを持って先に降りてスタンバっていた。
そして2人目が降りる場面を撮影していた。
人類最初の月に降り立った飛行士は、彼が月に居たという証拠写真が、僅かに「相方の飛行士のヘルメットに反射して写っているもの」しかないのだ。
目立つ事よりも実証実験に従事したいその飛行士は、喜んで撮影スタッフ役を引き受けたのである。
と言った具合で、芸能人が動くより先にカメラを持ったスタッフが動く。
2番組で良かった。
あと1番組分、乗れない事も無かったが、それだと船内の移動で混雑してしまっただろう。
この組み合わせ、もう1番組はデジカメ片手に、接写気味に芸能人と行動を共にするので、場所取りとかでかち合う事が無い。
片や、遠方から引きで撮影を始め、アングルも変えて「魅せる」。
片や常に不平を言う出演者を毛穴まで見える距離から撮影して「見世物にする」。
片やカッコイイ。
片や、撮影している人間が「おめえ、ブサイクだな」とか言っている。
なお、この状態にミッションスペシャリストたちは立ち合っていない。
彼等も基本的にはバラエティー番組に興味が無く、担当任務の為にモジュールに閉じこもっている。
ちょこっと様子を見に来たくらいだ。
ちょこっと見た後は、扉を閉じて音が聞こえないようにしている。
両番組とも、とにかく喋る。
結構うるさい。
芸能人は声が基本よく通る。
ワーワー言い合っていると、騒々しくなるのだ。
そんな中、農場モジュール担当の本広飛行士は緊張している。
彼は取材を受けるのだ。
宇宙飛行士としての取材ではなく、農場の担当者として、宇宙農業について話さねばならない。
宇宙に来てからズボラになって来た為、髪を直し、ヒゲを剃る。
(そういえば、あの芸能人、農業については玄人はだしだったよな)
学問としての農学については知らなくても、実業としての農業には詳しい。
研究者である本広飛行士からしたら、植物の性質とかそういう質問ではなく、土壌とか農法とか薬剤を使用しない方法とかで鋭い質問をされて答えられない危険性がある。
農学者といえど、意表をついた質問に、急には答えられない事もある。
余りにも専門外ならば「私はそちらには詳しくないので」と逃げも打てるが、それを多用も出来ない。
醜態を晒さないよう、想定される質問についてしっかり予行演習をしておこう。
南原厨師長も、厨房モジュールを綺麗に磨いている。
料理人たるもの、しっかり調理場は清掃しておくものだ。
それでも、この場所がテレビに映されるとあっては、寸分の油断も出来ない。
最後の日に「お世話になったお礼」として、廃棄予定の食材等を使った料理を作るようだ。
その時にカメラが入る。
特殊な調理器具だから、使用法は説明しないとならない。
だから前日に予行演習として、使用させてみる。
その時にもカメラは入るようだ。
しっかり磨き上げておかないと。
なお、北海道の番組の方でも料理をしたいという要望はあったようだ。
過去の放送を見直した結果、JAXA一同で「ダメです、腹を壊してしまう」と却下したのだった。
「一体、何年前の僕で判断してるんですか」
とボヤいていたが、味はともかく、今でも一品作るのに1時間くらい掛けている為、食事時間が押すとその後のスケジュールにズレが出るから、やはり却下なのだ。
そして宇宙ステーション到着後、最初の夜。
東京キー局の方は、新型宿泊モジュール「アネックス」に泊る。
北海道ローカル番組の方は、コア2のカプセルに寝る。
格差でそうなったのではない。
北海道の方のディレクターがあえて指定して来たのだ。
「なんであっちの豪華な部屋じゃないの?」
オフの時間に見学した為、また文句が出る。
「それじゃ面白くねえだろ」
「普通さ、芸能人は立派な部屋に泊めて、部屋が足りないならスタッフがこっちに泊るだろ」
北海道チームが「アネックス」を辞退した為、キー局の方はディレクターもアネックスの個室に宿泊している。
「俺たちは4人で一部屋だろ」
「だね」
「いや、それはスタッフの君たちが4人部屋好きだからだろ。
それに4人部屋って言ったって、カプセルに寝るわけだから、個室みたいなものだろ」
「何が気に入らねえ?」
「何もかにもだな!
この寝床はさ、深夜バスを思い出して嫌なんだよ」
「原点回帰ってやつだ」
「うるせえよ」
「おめえ、あっちと立場が同じだと思ってんのか?」
「……それを言われると……」
「だったら黙って寝ろ!」
このチームは寝床に入ってからも撮影が続いている。
そういうものだ。
そしてついに、芸能人とディレクターが上半身裸になって相撲を始めた。
恒例行事のようなものだ。
そして、出演者兼社長のドロップキックでその日は終了した。
だが彼は翌日、思いもかけぬ幸運に見舞われる。
キー局のアイドルの方が
「僕はあえて、普通の宇宙飛行士が寝る方で過ごしてみたい」
と申し出たのだった。
見ていた船長たちは思った。
本当、人それぞれだなあ、と。




