テレビ番組、ついに打ち上げ
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2022年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
本来なら2週間前には渡米して最終訓練をするものであった。
特例が認められ、芸能人を含むテレビ番組チームが渡米したのは5日前。
飛行機移動で約1日を費やし、翌日は休養。
2日前には打ち上げ用の隔離施設に入り、最後の様子見。
半日前からは宇宙服の装着から始まり、食事も早々に済ませるといった打ち上げに向けたカウントダウンに従って行動しなければならない。
つまり、全員が顔を合わせて実機を使った最終リハーサルは、打ち上げ3日前のたった1日だけであった。
テレビ番組と普通の宇宙飛行士との大きな違い。
それは撮影スタッフである。
テレビ番組は過程をつぶさに見せる。
ゆえに訓練も様々な場所で撮影していた。
芸能人が結構厳しい訓練でも、視聴者を笑わせる演技としての醜態以上は見せないのは、常に何かで撮影されているという意識があり、スイッチが入りっぱなしだった事も大きい。
逆に普段は撮る側、編集する側の番組スタッフが醜態を見せてしまったのは、自分たちが撮られ慣れていなかった為でもある。
通常の選考でも、一定の数は協調性を見せない、他人任せにする、逆に一人で張り切り過ぎてしまう者は現れるものだ。
テレビスタッフにはそれが多かったまでで。
そして選考に残った2番組は、スタッフの方も自分が撮影されるのに慣れている、スタッフの割に(声だけの事もあるが)番組に登場する事が多かった為、撮られ慣れていたりする。
打ち上げチームの中にいない、訓練過程を撮影するテレビスタッフは特例の対象外である。
彼等はアメリカの入国規制に従わねばならない。
アメリカ常駐スタッフの小野がぶつくさ文句を言っていたのは、このスタッフの事についてであった。
来たテレビスタッフは、該当番組の関係者だけではない。
特に男性アイドルの方は数多くの番組に関わっている為、それらの番組の関係者、さらに事務所スタッフ、雑誌・週刊誌の記者なんかも渡航して来た。
彼等は2週間前には渡米して検査も受けている。
その後、打ち上げチームが来るまでは手持ち無沙汰だ。
アメリカは情報公開の国で、撮影はかなりオープンではある。
しかし、事前に許可を貰う必要はある。
手持ち無沙汰で遊んでいれば良かったのだが、それで遊び回られて肝心の撮影日に感染症でダウン、だけなら良いが他にも迷惑を掛けたらたまったものじゃない。
本社からの指示もあり、思い立ったかのようにNASAを見学させろ、宇宙船の製造会社を撮影させろ、打ち上げ機の演習機に入れるようにしろ、と要求して来た。
なお、北海道の番組から派遣されたスタッフ数人は、アクティブに動き回る事はせず、ホテルでゴロっと寝ているだけだったから小野には楽であった。
東京キー局の方が、働き者過ぎるというか、アメリカに来てまでブラックな労働というか……。
そういう諸々も行った後、やっと打ち上げチーム渡米の日を迎える。
駐米チーフディレクター、あるいは現場チーフコーディネーターという肩書の小野は、撮影に立ち会っている。
撮影スタッフが余計な事をした際に何とかするのが仕事である。
如何に撮影オープン、情報公開の国とはいえ、軍事機密、企業秘密の部分もある。
それを可能なら事前に隠す、説明して撮影しないようにする、撮影されてしまった場合は指示してモザイクを掛ける等の指示をしていた。
小野はテレビ番組にほとんど興味が無い。
芸能人についても、彼の中では無価値な存在でしかない。
だから、打ち上げ3日前の顔合わせと最終リハーサルの後、アイドルの方から声を掛けられても無関心であった。
このアイドルは小野より遥かに年上だけに、人当たりが良い。
「色々とうちのスタッフが世話になりました。
ありがとうございます」
「いえ、仕事ですので」
「あ、これはうちの……って自分そこの事務所辞めたのですが、そこの後輩です。
挨拶させますので」
「いえ、お気遣いなく」
「貴方も若いのに、このような立派な仕事をされて、尊敬しますわ」
「いえ、そんな大したものではなく」
「ちょっと記念撮影良いですか?
折角ですので」
「あ、まあ、はい……」
「良かった。
じゃあ、お願いしますね」
こうして撮られた写真だが、機密情報はモザイク掛けろと指示していたのに、自分の写真については気が回らず、その大手芸能事務所の会報で、同行する若手アイドルに肩を組まれて引きつった笑顔の小野が掲載されてしまう。
その場で「会報に使いますけど」という確認を、他の事に気を回していて、曖昧に返事をした小野も良くなかった。
これで彼の親戚のおばちゃんから女子小学生まで、彼が誰と会っていたのかがバレてしまい、
「サイン貰ってよ!」
「断った」
「なんでだよ!!!!」
「もう信じられない」
「今からでも頼んで来てよ」
「あんたの写真は要らないから、彼の生写真だけでもお願い!」
「なんでその場に呼ばなかったの?」
「自分だけズルい!」
等と国境を超えた吊し上げを食らう事になるのは、もっと先の話である。
最終リハーサルの後は、隔離場所に移動となった為、小野は解放された気分になった。
管轄がアメリカ側に移ったのだから。
そして予定通りの日、アメリカ民間宇宙企業のチャーター機が打ち上げられた。
打ち上げを撮影する大量の日本人報道陣。
それを面白そうに撮影するアメリカメディア。
彼等の前で爆発という惨事が起こらず、無事に上がってホッとする小野であった。
……事故なんて起きたら、現場のチーフである彼の仕事は激増したであろうから。




