春節・宇宙で火鍋を食べよう
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2022年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
南原厨師長の本職の料理は中華料理である。
旧正月・春節の〆にはやはり中華を振る舞いたい。
また、先日は無理に食べさせはしたが、基本的に甘い物のオンパレードを、滞在者たちは喜ばない。
だったら
「辛い物にすれば良いのだァー!」
とおかしな方に進んでしまった。
宇宙で唐辛子を炒めるような料理は禁止である。
催涙ガスが充満するような事になるからだ。
煮込みならば何とかなる。
だがこれも、唐辛子そのものを煮込むのではなく、豆板醤を使ったものになる。
「では火鍋が良いな」
そう考えたが、宇宙で鍋料理とは困難極まる料理法だろう。
ガスコンロ等は使えない。
IE調理器を使ったとしても、鍋という開口部が広い容器で、液体をそのまま留めておけるかどうか。
更に煮込んだ食材を取る時に、飛沫が飛び散る事が予想される。
そのままのやり方では使えないだろう。
こういう時こそ創意工夫である。
「……で、こうなったのですか……」
船長他、全飛行士が感心するやら呆れるやら。
宇宙食用、温熱調理用パックに食材と鍋の汁が詰められている。
それが保温容器の中に入っている。
食べたい時に、保温容器から食べたい物を取って食べるという方式だ。
パックには二種類の札が貼ってある。
まずは食材が掛かれた札。
エビ、豆腐、キクラゲ、椎茸、肉、油揚げ、餅、豆苗、ネギ……。
一部の生鮮野菜以外は、全て乾燥食品を戻したものになる。
続いての札には、辛さが書かれていた。
カレーライスのように、1から3辛まで。
カレーライスと違うのは、山椒の痺れる味、有りか無しかも記されている。
これで辛さについては6パターン。
これと火鍋の陰陽で、赤に対する白、豆乳ベースのスープのもので7パターン。
事前に辛さはどれが好みかを聞いていたので、実際にはもっとパターンが少ないが、それぞれの飛行士の好みの辛さが用意されていた。
「先日の水餃子、ベトナムのデザートでも思った事だけど、
南原さんって、細かい料理を大量に作る事が得意ですよねえ」
フランス料理も中華料理も、大鍋で一気に作る。
それを切り分けて提供する。
一人ずつ作るのは、どちらかというと和食の領分だ。
大皿料理でなく、小皿に一人分を出し、盛り付けにも芸術性を求めるヌーベルキュイジーヌも1970年頃に出来たものだ。
こういう細々とした料理を得意とするのは、日本人らしい部分なのかもしれない。
「にしても、容器は大丈夫か?」
そう、細々した料理を大量に作ると、入れ物が足りなくなる。
小皿料理にすると、皿の数は増えていく。
レストランなら良いが、ここは宇宙ステーション。
色んな物資がそう多くある訳ではない。
流石に火鍋も、1パック1食材なんて事はしていない。
複数食材が入っているから、札に「豚肉とネギと椎茸」「エビとキクラゲと油揚げ」のような感じで書かれている。
それでも加熱用パックは大量に使用されてしまった。
備蓄は大量に有るが、基本的に数ヶ月補給無しで生活する上で無駄遣いは出来ない。
……それを歴代の食事担当が律儀に守り過ぎて、調理用パックが相当に余っていたから、今回の大量消費も丁度良かったかもしれないが、それにしても多く使ったものだ。
「食った食った」
飛行士たちが腹をさする。
意外なくらい辛い方が食べつくされ、豆乳スープの方は余っていた。
「これ、明日以降も出しますが、良いですね」
「そりゃ食材廃棄とかなるべくしないように、っていう規則だから、次の日に持ち越しても良いですよ。
でも、また明日もご馳走作るんですよね?」
「いえ、明日からは通常に戻ります」
「!
って事は!?」
「春節は今日までです。
終わりの方は、明確に決まっているわけではないですが、大体1週間という事で」
「おお、終わりですか!」
「すみませんね。
別に中華料理も正月料理も嫌いじゃないですよ。
ただ、この1週間毎日のように結構な品数の料理が出ていて、ちょっとばかり困っていたんです」
研究者たちの中華料理といったら、チェーン店や町の中華のラーメン・餃子・チャーハン、時々ホイコーローや麻婆豆腐なのだ。
本当に、本格中華は「美味しい」「脂っこい」「ちょっと合わない」の3段階でしか理解出来ない貧乏舌なのだ。
ではあっても宇宙で出来る限りの本格中華を試す、それも「宇宙で出来るだけ快適な生活を」というテーマの一部である。
だから、今回のご馳走作成、調理用パック大量使用は許容範囲ではある。
「まあ、今回だけです。
春節があったから張り切っただけで、皆さんには無理やり食べさせた感じで迷惑をお掛けしました」
「いや、そんな風に言われると済まないように思う」
「うん、別に嫌だったわけではないんですよ。
ちょっと想像以上に多かったもので」
「そうです。
ちゃんと我々も中華料理好きですから。
春節で食べ飽きたとかないです。
今だってラーメン食べたいなあ、とか思ってますから!」
それはかえって、本格中華の料理人には屈辱な感じもあるが、お互い気にしていないようだから良しとしよう。
かくして怒涛の春節中華料理大判振る舞い、1日だけベトナム料理、は終了した。
そして地上の宇宙医師は送られて来た身体の数値を見て、文句を言った。
「体重、増えましたね。
深刻ではないでしょうが、中性脂肪の量も増えたかもしれません。
トレーニングのメニューを変えましょうか」
ご馳走には代償が伴ったようだった。
 




