春節・宇宙で餃子を食べよう
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2022年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
暦には太陽暦と月から計算した太陰暦とがある。
純粋に月の運行だけで決めると、1年が354日(閏年は355日)となる為、太陽の運行も加味して閏月を設け、1年13ヶ月とする太陰太陽暦というのも存在する。
純粋太陰暦はイスラム圏、太陰太陽暦は中華圏で用いられた。
日本は明治時代以降に太陽暦に変更した。
その為、それ以前に使用されていた太陰太陽暦を「旧暦」と呼ぶ。
同様に世界の標準は太陽暦ではあるが、太陰暦を大事にしている国もある。
中華圏はいまでもそうで、新暦の正月よりも、旧暦の元日である「旧正月」を盛大に祝う。
これを「春節」という。
「というわけで、これから春節メニューでいきます!」
2月に入り、南原厨師長が高らかに宣言した。
「……今までも中華料理多かったので、今更ですよね」
「でも、今までは和洋の料理も作ってくれたから、しばらく中華一本で行くって事ですか?」
「その通りです!
しかも、正月料理を作ります!」
宇宙ステーション内に、持ち込まれていたランタンが飾られていく。
「よく持って来られましたね」
「まあ紙製で、しかも折り畳み式ですから、大した荷物にはなりませんし」
春節といえば、「魔を祓う」という事で爆竹を盛大に鳴らすものである。
爆竹……というか火薬は中に酸化剤を持っている為、真空の宇宙空間でも使用可能だ。
それでも、この爆竹の使用は禁止された。
爆竹炸裂させる為(真空だから音は聞こえない)だけに船外活動とか意味不明だし、微量とはいえ宇宙ゴミを増やす行為は禁物だ。
そこで、爆竹が鳴り続ける動画が、延々と再生され続ける。
まあ乗組員は持ち場に着いているのだから、厨房モジュールでそんな音がしていようが聞こえないし、無視し続けていた。
そして夜、正月料理が振舞われる。
「水餃子か……。
意外に大人しい料理ですね」
どうも横浜とか神戸の中華街の春節の賑わいと、その観光客が食べ歩く饅頭とかそういうのを、他の飛行士たちは想像していたようだ。
「饅頭も作れますよ。
でも膨らます手間を考えて、やめました。
他にもメニューはまだまだありますからね」
メニューはまだあるとはいえ、まずは水餃子だけでも十分凝っていて、多数の種類がある。
干しエビ入りのもの、戻し椎茸が多い野菜中心のもの、貝柱や戻しアワビの入ったもの、冬らしく冬瓜のものなど、何種類も作られた。
何種類もあるという事は、結構な量あるので、それだけで満腹になりそうな勢いである。
「しかし、よくこんな食材有りましたね」
「地球から持って来ました。
乾貨(干したもの)だからかさばりませんし、長期保存が出来ます」
「あと餃子が小ぶりなのは嬉しいですね。
数はかなり有りますが、焼き餃子の時のように大きくないので、結構食べられます」
「まあそれは、工程が違いますので……」
宇宙ステーションの調理器具だが、焼きは主に鉄板による電熱調理となる。
フライパンのように上に乗せても使用出来るが、基本的には加熱による蒸気や油跳ねを抑える為に、たい焼きでも作るように挟み込んで使用する。
蒸気等は吸引する。
この両面鉄板なら、大きいのをプレスして焼いた方が良い。
一方、宇宙での一般的な加熱方法とは茹でる事だ。
これは日本の「こうのす」だけでなく、国際宇宙ステーションISSも、昔のアメリカの「スカイラブ」、旧ソ連の「ミール」「サリュート」も同様だ。
……中華人民共和国の「天宮」は不明だ。
多分温水式だとは思うが、あの国の事だ、宇宙ステーション内でチャーハン焼いて、船内油でベトベトにしていても納得出来てしまう。
さてその温水加熱であるが、完成後の容器に制限があった。
無重力ではサラサラの液体を平皿に盛る事は出来ない。
重力が無く安定していないから、間違うと液体が飛散してしまうからだ。
飛び出した液体は表面張力で球形になるから、それを周囲の計器に着く前に吸い取って食べても良いが、大量にそれだと大変だろう。
出来るだけ深い容器に入れ、可能なら飛散しないようトロミをつける。
これならスプーンやレンゲで掬っても食べられる。
あるいは、宇宙食で一般的なプラスチックパックに入れる。
水やコーヒーなんかはこの容器に入れている。
そしてキャップを外して、口をつけて吸う。
口をつける部分のサイズは複数あり、大きな具材も入れられはするが、限度というものはある。
スープ餃子も作りたかったという事情もあり、餃子は小型化させた。
あと、宇宙ステーションでは水は貴重である。
如何に再利用出来るとはいえ、地上で春節の際に大量の注文を受け、大量の餃子を寸胴鍋で一気に茹で上げるような、水と熱の大量使用は出来ない。
基本、グツグツ沸騰するまでの高温にはしないのだ。
限られた量で、沸騰させるような温度ではなく低温使用である。
その為、火の通りやすさからも、大きいものより小型のものにした方が都合が良い。
こうして博多の餃子のような小さい餃子が複数種・多数作られ、茹で上げのもの、スープ餃子と提供されたのであった。
春節というハレの日でなければ、こんな手間暇掛かる餃子作成は、如何に作りたくて作りたくて仕方が無い中華の料理人でもしないだろう。
地上環境ならともかく、宇宙ステーションの制限がある状態で、毎日こんなのは無理だ。
「うん、美味しい。
良かった。
ごちそうさ……」
「さあ次がありますよ!」
春節はまだ始まったばかりであった。




