決まったら決まったで雑事に追われる
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2022年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
宇宙ステーション行きにOKが出た。
しかし、だからといって今後全ての日程を宇宙行きの支度に使えないのが芸能人の都合である。
まず本決まりになった事で、マスコミ発表が解禁となる。
(何故、自分が……)
とボヤきたい秋山だが、考えてみれば彼しかその職責者はいない。
難しい顔で報道陣の前に出る。
流石は現役アイドルだけあって、受け答えに卒が無い。
ある時は真面目に、ある時は笑顔で、笑いを取ったりしながらインタビューに応じる。
それに引き換え……
「秋山プロジェクトマネージャーにお聞きします。
いくつかの番組でコンペティションを行っていたそうですが、
その中から選ばれた決め手は何だったのでしょうか?」
「リーダーの機械操縦能力、農業に関する知識・知見が一線を画するものだった事です」
「という事は、他の番組よりも高スキルだったのが理由ですね?」
「そうなります」
「それは既にコンペティション前から分かっていた事ですよね。
他の番組は当て馬のようなものだったのでしょうか?」
「いや、そういう事ではありません……」
落選した報道機関、書類選考で切られた報道機関もあり、半分私怨からかツッコミが厳しい。
いつもの科学の発表の時は、ろくに取材に来ないとか、来ても代表者に質問を任せて後は聞いているくらいなのに。
半分芸能関係のインタビューでもあり、いつになく質疑応答が活発である。
「ところで、やはりリーダーには宇宙でも農業関係の実験をして貰うのでしょうか?」
某番組の絡みであろう。
「いえ、その予定は今のところありません」
「であるなら、選考理由の『農業に関する知識』というのは、必要無いのではないでしょうか」
それは確かにそうだ。
だが、はっきり言うとまたツッコミ入るのだろうが「理系の大学入試だって、選考するのは英数国と選択した理科だが、同じくらいの点数なら社会の点数高い方を合格にするだろ」てな理由ではある。
そして、もっとはっきり言ってはいけないのだが、
「落としたところはスタッフの態度が良くなかった。
上下関係、会社間の強弱の関係を持ち込み過ぎた」
というのがあるのだが、言えばマスコミ各社敵に回ってしまうだろう。
「俺もですね、農業の実験はやってみたい言うてんですよ。
まあそれでも、本職の方がまだ実験段階でされている事ですしねえ。
ぎょうさんお金出して打ち上げた実験設備ですし、まあ今回は余計な事はせんとこう思いました。
それでも、中を見学させては貰います。
その時に培った知識が役に立つと思ってます」
リーダーの方から助け船を出してくれて、非常に有難かった。
この場には、もう1つの番組関係者は来ていない。
その番組の性質上、事前にどこに行くか発表したら困るのだ。
だから緘口令が敷かれている。
それを知った上で、チクチク攻めて来る意地悪な記者もいた。
「選抜を通ったのは、1番組だけでしょうか?」
「2番組です。
9人の打ち上げになりますので、もう1番組有ります」
これは言っても構わない。
逆に1番組だけです、と言ったら嘘を言う事になるのだから。
「その番組について教えていただけますか?」
「その番組の放送局から発表が有ると思いますので、それまでは詳細は差し控えさせていただきます」
「その番組は、シークレットである事が重要なのですよね?」
「詳細は差し控えさせていただきます」
「出演者は最近は多忙だそうですが、日程の調整が利くのですか?」
「あの、どこからの情報でしょうか?」
「いや、噂ですけど」
「噂に基づいた話には回答いたしかねます」
この件は、段々周囲が「自分たちだけが知っている情報だけど、それをそこまで聞いてボロ出させようとするのが、ちょっと見苦しいし空気読め」という圧をかけ始めた為、そこまでとなった。
こうして芸能記者もやって来た記者会見が終わる。
そして実務が始まる。
打ち上げ日程と打ち上げ者の一部が発表され、それに合わせたスケジュール調整が行われる。
大学院生とか研究員と違い、彼等には他の仕事もある。
レギュラー番組があったりする。
その業務の引継ぎだけでなく、今の内の撮り貯めとか、先行撮影とかでギリギリまで仕事をする。
打ち上げられる者がそうであるなら、裏方であるJAXAスタッフが代わりに打ち上げにおける業務を代行する。
特に打ち上げ場所であるアメリカ渡航の事務手続きがややこしい。
本来なら余裕を持って渡米し、現地で最終調整をする事になっている。
だが今回は、テレビ局側の多忙さにより、ギリギリに現地入りとなる。
昨今の情勢で出国・渡航については、様々に制限がついている。
入国を許可するアメリカ側の手続きもある。
何より、アメリカ側が立ち会う最終調整をほとんど行わない為、「それでも大丈夫だ」という証明をしなければならない。
訓練の様子を記録した映像を送り、向こうからの質問に回答する。
健康状態について、直前の情報を送ってアメリカ側の可否を問う。
今回は選考の初期からバタバタとして始まり、選考が終わった後も慌ただしく手続きを行う。
さて、打ち上げた後はどのようになるのだろうか。
願わくば今忙しい分、本番は何もなく無風で終わって欲しいものである。
職員一同そのように願ってやまない。




