野外訓練
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2022年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
社会のドロドロした部分を見る事が出来た、シャッフルでの合宿審査。
それで落とす人間はある程度見極められたが、それは伏せたままで野外訓練を課す。
人数が足りなくなるからだ。
それぞれの番組のチームで、とある山中の別々の場所に野宿の道具を持たせて放り出した。
「寒い!」
外面が良い芸能人も、そんな声を挙げる。
この野外訓練は、過酷になる事が予測済みだ。
今年の冬は例年になく寒い。
そして雪が多い。
審査用の野宿訓練だとしても、余り好ましいものではない。
だが、決定まで日が無いのだ。
別な月にズラせないから、雪山なのを承知の上で、宇宙からの帰還時に持っているものと同じ分で、野宿生活をして貰う。
立ち直りが早かったのが、無人島生活なんかを番組でやっているチームだ。
救助の要請という想定もあり、持っている道具で火を起こすと、集めた草やら枝やら何やらで狼煙のような煙を敢えて上げていた。
この火は、料理の加熱にも当然使う。
そして面白い事に、石を焼いていた。
夜寝る時、ここは冷える事が予想される。
焼き石を包んで抱いて寝ると、かなり温かいのだ。
無論一個だけではダメなので、火がある内に何個も何個も焼く。
そしてバラエティ番組魂が出たのか、テントの中に焼き石を置き、雪を融かした水をそれにかけて、スチームサウナを作ってしまった。
雪山だが
「熱い! 暑い! 痛い!」
と似つかわしくない悲鳴が挙がる。
そして、汗をかくと雪にダイブしていた。
この様子を審査用記録映像で見た審査スタッフは
「ここの番組はタフだなあ」
「知ってますか?
この番組には『買う』という言葉は無いそうですよ。
全部『自分たちで作る』『そこに有るものを利用する』『無ければ工夫する』のがモットーだそうで」
「この過酷な条件で楽しまれるとは思わなかった」
そう感心していた。
一方、北海道某ローカル番組のチームは、野宿はするが喧嘩祭りである。
「何だってこんな寒い場所で野宿なんだよ!」
「俺に言うなよ」
「おめえが俺をこんな撮影に連れて来たんだろうがよ」
「いいから早く寝ろ!」
「寝ろって言ったって、寒いし、狭いんだよ!」
「まあこの狭さを利用して、男4人温め合いましょうよ」
「気持ち悪いんだよ!
僕ぁね、男4人ひっついて寝るくらいだったら、寒い方を選びますよ!」
「本当だな?」
「嘘です。
皆さん、温め合いましょう……」
「ほら、テントを蹴ったりしないように。
寝返り打つ時は気をつけるんですよ」
「寝返りも自由に出来ねえのかよ……」
「仕方ねえだろ」
「早く寝なさいよ!」
「……もう一人、返事が無いな。
死んでんじゃないか?」
「死んじゃダメですからね!
死んだらテントの外に出されますからね!」
記録の音声だけなら「ダメだ、この番組は、とても宇宙になんか行けない」となっただろう。
しかし、喧嘩すれば喧嘩する程、上手く嚙み合って物事が運んでいくというおかしな部分があった。
何よりここは、ジャングルの中で動物観察小屋に何泊もしたり、リアカー曳きながら離島を歩いたり、北極圏でテント生活したり、北海道の山奥に宿泊小屋を作ったりと、意外なくらい野宿には強かった。
無人島の経験者程楽しんではいないが、しっかり雪山でも生きていける強さ、字は同じだが強かさを持っているようだった。
そしてぶつくさ文句を言いながら夜は休み、翌日も
「地図も読めない馬鹿!」
「地図とか以前の話じゃねえかよ」
と悪口を応酬しながら、道産子の強みなのか、山小屋生活の経験からか、テントを畳んで移動を開始して積極的に見つかりやすい場所に移動する。
そう、山を下りるのではなく、山頂に移動する。
木に隠されない場所まで移動し、初めてそこで煙を炊いて位置を報せた。
結局、この2番組だけが審査では通る事になる。
基本的な「生き残る事」「助けを求める事」はどのチームもこなした。
だが、耐えるだけのやり方と、積極的に克服にいくやり方と、この状況でも楽しんでしまうやり方では、どうしても後者程点数が高くなる。
3日で助けには行った。
しかし、実際の状況では3日以上助けに行くまでにかかる場合もあるのだ。
その時、3日耐えるようなやり方では余裕が無い。
そこで長く生活出来るくらいのサバイバル能力、あるいは積極的に助かりに行く貪欲さが求められる。
貪欲に助かりに行くと言っても、間違えたやり方だとアウトだ。
積極的に動いて自滅するよりは、座して死を待つ方がまだ「死体を回収できる」分マシなのだ。
北海道の番組も、山を下る、沢に降りるなんて事をしたら失格であった。
彼等はより見つかりやすい場所として、山頂を目指したのが高得点であった。
まあ、常に山頂が正解とは言えないが、今回のケースでは正解と言えた。
閉鎖環境での他チームとの合宿審査、そして野外訓練を見て、審査結果が報告される。
言われる側も薄々気づいてはいたようだ。
合宿審査は他チームの様子が分からないから、まだ自分たちの問題に気づいていない。
しかし野外訓練では、回収された時の様子から
「あちらは凄い」
「上手くやったな。
自分たちは思いつかなかった」
という思いを抱いた。
そして2番組が勝ち残り、打ち上げ前提の訓練に進む。




