宇宙とポリマー
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2022年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
短期滞在隊、3人目のミッションスペシャリストの研究テーマは高分子素材である。
というと高度な化学分野であり、ISSの設備で研究すべきものと思われる。
科学研究施設としてはレベルが低い「こうのす」の方に回された実験であり、内容的には学術的には大した事のないものだ。
だが、人間の生活的には非常に重要な事である。
そのテーマは「紙オムツ」であった。
船外活動に出ると、任務を放棄して機内に帰還というわけにはいかない。
脱着にも時間が掛かるし、急な場合には間に合わない。
そこで船外作業着を装着する前には、集尿器を装着する。
この装着が案外恥ずかしい。
プロの飛行士なら堂々としたものだが、一般人に近いミッションスペシャリストには恥じらいが出る。
特に女性飛行士である。
船外作業において経験豊富なアメリカでは様々に開発されている。
日本はアメリカのものを真似ただけだ。
「こうのす」には本格的な船外作業着の他に、「宇宙遊泳」を楽しむ為の簡易船外着がある。
これは30分程度しか船外で酸素や体温を維持出来ないが、その分脱着もしやすく、軽量であった。
その簡易船外着には、集尿器も取り付け可能だが、使い捨ての紙オムツの場合が多い。
「これ程の屈辱は無い!」
とオムツに抵抗を示す者もいたが、その彼とて数十年後は大人用紙オムツの世話にならないと、誰も言い切れない。
この吸水性ポリマーについて、実地試験をすべく乗り込んで来たのだ。
日本人はこちらの分野では世界の追随を許さない程に、突き詰めて開発をしている。
宇宙でも紙節約の上で大変役に立っている洗浄機付き便器。
これの開発秘話も中々凄いものである。
女性用の洗浄機能開発では、セクハラや痴漢すれすれでも頑張った。
日本は下水処理技術でも頑張っている。
世界でも有数の処理能力を持っている。
その技術を持つ水道局員を宇宙まで出張させて「こうのす」の水回りを改修させたりと、宇宙ステーションの住環境においても、やはり手は抜かない。
ゆえに紙オムツも世界最強レベルである。
きつくなく、緩くもなく、痒くならない。
動きやすい。
かぶれさせない。
漏れない。
飽和しない。
再利用可能とする。
再生素材で作成する。
現時点でも中々のものなのだが、メーカーは満足していない。
更なる進化を希求する。
その為、洗浄機付便座を開発した者のように、メーカーの者が実地試験をしに来たのだ。
「この実験は、自分でないと分からない『感触』というものを重視する。
だから、自分がやりますので」
そう宣言したが、これについてはロボットスーツの時はあれ程興味を示した面々も
「どうぞ、ご自由に」
「協力して、と言われてもちょっと……」
「御自身で完結するなら、その方が良いですね」
と冷淡であった。
シモの話題は、自分が題材になるような場合は嫌なのである。
「分かってます。
分かってますよ。
だから自分が来たのです。
自分たちがやらないとダメなんです」
非常に使命感が強い。
この場合、調査対象は「小」だけではないから、他人にさせるのは憚られる。
彼は地上のフライトサージオンと綿密に打ち合わせた上ではあるが、下剤も持って来た。
これを服用して…………(自主規制)…………についても実験を行う。
同様に利尿剤も持って来た。
これを服用し、作用する頃には簡易船外着(使い捨て)で宇宙に出る。
その後の処理についても、自分で行う。
使い捨てと言ったが、地上からあえて持って来たこの船外着は、密閉して持ち帰って詳しく調べる。
目に見えない漏れまで調べ上げる。
「非常の仕事である。
万が一の為にもやっておく必要がある。
だが、私はやりたくない」
これが大半の意見であった。
割と過酷な実験であった。
薬を服用し、無重力でどうなるか自分で人体実験をし、帰還後には薬の効果を中和し、汚物を自分で片づけて、徹底的に密閉する。
これを一週間という滞在日程で、簡易船外着のストックが無くなるまで繰り返す。
「自分がやらねば誰がやる!?」
台詞はカッコイイが、やってる事は自主規制な実験であった。
そしてこういう自主規制実験には、日本以上にアメリカが興味を示す。
アメリカはあらゆるケースについて情報を集める。
どんなニッチな研究成果でも知りたがる。
日本の風呂・トイレ・食事については、開発が過剰なまでに行き過ぎているから「もうこれ以上は不要」と言って来るが、基本的には彼等は研究成果のゲテ物食いである。
特に人間の生存に関わる事は、貪欲に調べ上げる。
この件、連絡会議で知ったNASA、及びアメリカ空軍、海軍が
「何に使うかは分からないが、情報は共有させて欲しい」
と言って来ている。
(急な機動を行うパイロットを持つ部局は、失禁用のオムツについても関心があるようだ)
そして、シモ系の部分しか注目はされていないが、使っているのは高分子素材である。
その素材の極限状態での実験なのだ。
実はもっと注目されても良い実験なのかもしれない。
実験対象になれ、と言われたら微妙なとこではあるが……。
おまけ:
「自分がやらねば誰がやる!?」
の完全版
「たった一つのプライド捨てて、
オムツを履いた不屈の体。
腸内の悪魔を叩いて砕く。
自分がやらねば誰がやる!?」
 




