油を盛大に使えない、それでも一向に構わん!
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2022年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
中華料理の現在の魅力は、激しい火を使った料理法であろう。
油をいっぱい入れた鉄鍋に食材を入れる。
食材中の水分が湯気となって立ち昇り、油をまとわせる為に食材は鍋を振られると空中で踊る。
たっぷりの油でカリカリに揚げる料理もある。
一旦揚げた食材を、更に野菜と一緒に炒めて、最後に水溶き片栗粉で固める料理もある。
油と強火は中華料理の華といえよう。
しかし、無重力かつ密閉空間ではそのまま料理してはならない。
鍋を振って食材を舞い上げたら、それはそのまま上に向かって直進を続け、天井にぶつかって落ちて来る。
酸素が貴重なので、盛大に炎を出すのは厳禁だ。
それに、火災を起こしたら消火は自分たちで行わねばならず、船体が損傷したら生存出来なくなるかもしれない。
盛大に炒めて飛び散る油も、船体を汚してしまう。
汚すだけなら兎も角、計器類の間に入ってしまったら故障の原因になりかねない。
そして余りに大量の油は始末に困る。
調理用油は近い時間なら再利用も可能だ。
食器に付着した油は、洗って排水すると次第に詰まりの原因にもなり得る。
調理済みの中華を宇宙食にするのと違い、宇宙で中華料理を作るのは、中々の難題だろう。
だが、中華の料理人・南原厨師長は叫ぶ。
「それでも私は一向に構わない!」
「中華料理の技法は、ふんだんに油を使い、強火で炒めるものだけではない。
それは一部に過ぎない。
湯を作る、和える、蒸す、漬け込む、様々な技法があるのだ」
南原氏は台湾で料理を学んだ。
香港にも行った。
最初に点心を学んだ。
点心、餃子や焼売、小籠包に饅頭といった料理は食材を炒めずとも作る事が出来る。
麺類も、焼きそば(炒麺)でなければ炒めずとも作れる。
盛大に油を飛ばし、湯気を立てないような火を使う料理なら、既にフランス料理、イタリア料理で行っている。
この場合は電熱を利用する為、炎に晒すという事こそ出来ないが、酸素を消費せずに加熱可能だ。
マイクロウェーブを使う電子レンジ、電磁誘導加熱(IH)を使うクッキングヒーターもある。
方法は色々とあるし、料理もそれに応じてあるのだ。
「だがそれでも、我々は不可能に挑戦する!」
こう頑張ったのは、料理人ではなく地上スタッフであった。
既に回転式炒飯製造機なんてものを開発している。
鍋を振ると無重力だから食材が浮いたまま?
ならば、よろしい、重力を作ろうじゃないか!
という具合で遠心力を使った自動食材かき混ぜを実現した。
……作ったは良いが、活用してくれる人はいなかったのだが。
気合が入っていなくても、日本には普通にノンオイルフライヤーという調理器具がある。
あまりカリっとした仕上がりにならず、衣も剝がれたりで「揚げ物も出来るよ」程度のものではあるが。
「機械は使い方次第。
上手く使えば良いだろう」
という事で、軽いフライはこれでも作れていた。
「本土の方では、餃子と言えば水餃子です。
日本では焼き餃子ですね。
自分が学んだ台湾だと、鍋貼という焼き餃子があるので、リクエストには答えられますよ」
これは南原厨師長が他の飛行士たちに言った事だ。
「ああ、大学の近くにある、あの有名チェーン店のイーガーコーテーってやつだね」
「まあ、それです」
餃子については、他国の食べ物の割に日本人はこだわりが強い。
ラーメン同様、根付きまくっている。
焼き餃子という、餃子の一料理法に過ぎないのに、地域でこだわりのサイズや具、漬けダレが発展している。
「言っておきますが、自分が修行したのは台湾です。
決して宇都宮でも、浜松でも、博多でもありません。
そこの特徴を捉えた餃子は包めますが、全く一緒の味は無理です」
「大丈夫ですよ」
学者たちは、そっちの方では特にこだわりが無い。
「〇将の味ならそれで良い」
「大阪……の方はアリですか?」
「それはアリですね」
「自分は満〇の味が良いです」
「出た、関東ローカル!」
他ほど激しくはないが、やはり食べ物ではそこそこ話が盛り上がる。
ただ、南原厨師長がガックリしているのは
(安いチェーン店の味ばかりじゃないか……)
という点であった。
「で、ニンニクは?」
「使えませんね」
匂いが強い食材は、刺激物扱いで使用禁止である。
「代用品ないですかね?」
「いや、そもそも本場ではニンニク入れませんから。
台湾の鍋貼にもニンニクは入っていませんから」
「それだと王〇の味にならない」
「それだと〇洲の味にならない」
多少文句は出たが、この辺は三十代の大人ばかりなので、適当なところで話を収めた。
餃子の話が終わった後、関西人の江畑飛行士が聞く。
「豚まんは作れますか?」
「豚まん?
ああ、肉まんの事ですね」
「関西だと豚まんって言いますんでね。
まあ、絶対に食べたいってわけではないですが、たまに無性に食べたくなりまして。
5〇1の豚まんを」
関西人が豚まんを好むように、北海道出身の因幡飛行士は唐揚げにこだわった。
「唐揚げじゃない、ザンギです」
もしも作れるなら、中華料理の炸鶏から名を取ったザンギを作って欲しいとの事であった。
(楽で良いけど、高級中華のリクエストが一切出ない……)
大学に残っている人たちは、学食やチェーン店の味以上は必要でなかったりする。
 




