動きたくないでござる、筋トレしたくないでござる
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2022年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
人間色々なタイプがいる。
どこかのアニメの皇帝の言い草ではないが、足が速い者もいれば、病弱な体質の者もいる。
運動が好きな人もいれば、言われたら体を動かすけど的な人もいるし、息をするのも面倒臭いって人もいる。
現在宇宙に来ている学者ミッションスペシャリストは、流石に訓練を通過しただけあり、全く体を動かしたくないという人は一人も来ていない。
それでも運動が好きかと聞かれたら、そうでも無い人だけである。
言われなくても率先して体を痛めつけ、汗を流すタイプではない。
今現在、宇宙滞在は「人がそこに居る事自体が実験」の範囲をまだ出てはいない。
アメリカやソ連/ロシアは質・量ともに豊富なデータを持っているが、それでもまだ滞在中の人間のバイタルというのは収集に足る情報であるという認識だ。
最近では、ただ宇宙に居させるだけだと「予算の無駄遣い」と批判される、以前に比べて世知辛い世になった為、滞在中は何らかの任務を与えているが、基本的にはまだ「そこに居る事」自体が目的であったりする。
だってそうだろう、無重力で実験結果を得たいなら、人が居なくても可能なようにやり様はあるのだ。
汎用性こそ無いが、単機能で良いならそれこそ人を介さずに数年でもモニターし続けられる。
そんな訳で、特に米露程に無重力環境における人体についてのデータを持っていない後発国は、飛行士の体調についてのモニターを欠かさず行っている。
これは入浴中は外されてしまう為、先日の「とんでもないレベルにのぼせてしまった」ような事を起こさないよう、耐水性をしっかりしたリストバンド型に出来ないか、検討となっている。
心拍数/脈拍、体温、呼吸数は、新開発されたセンサーを服に取り付ける事で、不快感無く常時モニタリング出来ている。
血中酸素濃度、骨密度、血圧、肺活量、眼底(瞳孔を開かずに撮影)といったものは、毎日測定器を使って計測する事を義務付けている。
血糖値のように、直接血液から情報を得るものは、船内に飛散しないよう陰圧かつ密閉措置された機械に手を入れて、指から一滴だけ採取する事を、10日に一回行わせている。
同様に10日に一回程度計測しているものに、尿検査もあった。
そうして得た情報は、地上のフライトサージオンが分析している。
これらの数値は、機械がすぐに出せるものなので、深い部分までは分からないが、ある程度の兆候は読み取る事が可能だ。
「微量ではあるが、骨密度が予定よりも低下している」
フライトサージオンがそれを確認した。
数値は上下動するし、近い数字なら誤差という可能性もある。
だが誤差というには少し数値が大きく、上下動というには2回連続で同様の下降傾向であった為、判断にはまだ早いが「兆候かも」と疑われる挙動であった。
「尿検査も、比重がちょっと高い。
詳しくは分からないが、カルシウムが融け出ている可能性も考えられますね」
会議でその事が報告される。
「医療的な対策にはまだ早いかもしれませんが、筋トレのメニューを変えて対策するのはやってみましょう」
骨密度は、適度な負荷を掛けていれば回復する。
兆候程度なら、カルシウム錠剤の服用まではしなくても、運動でどうにかなるだろう。
「彼等の筋トレ中のバイタルを確認しましょうか」
スケジュールは決まっている為、膨大な記録情報の中からトレーニングの時間のみを抽出して見てみる。
すると、数値はミッションスペシャリストたちが楽をしている事を示した。
確かに脈拍も、呼吸数も、体温も上昇はしている。
その数値は運動し始めの時間に高く、次第に低下していき終盤はフラットになっている。
「体を動かしていない訳ではないが、最初の方で疲れてしまって、後は惰性でやってますね」
筋トレは負荷を掛け続ける事に意味がある。
筋トレと便宜上言っているが、筋肉以上に骨に刺激を与えるのが目的だ。
「地上での訓練中のトレーニングの数値は?」
「ちょっと待って下さい、今出します。
えーっと、こっちはきちんとした数値ですね。
まあ地上は重力が有りますから、惰性でやっていてもそれなりの値にはなりますからね」
「注意してどうにかなりますか?」
「いや、人間の意識だけで対策するのは限度がありますよ」
「では負荷を一段階上げましょうか」
「と同時に、メニューも組み換えましょう。
負荷を高くする分、その運動は短めにして疲れるのを防ぎ、回復するよう調整して運動時間目一杯動けるようにする。
常時負荷よりも、メリハリ型に切り替えましょう」
今までのミッションスペシャリストと違い、今回のミッションスペシャリストは年齢的には体力のピークを過ぎた人ばかりである。
運動選手のように、そこから維持をし続ける人や、一般人でも体力の低下を遅らせようとジムに通う人なら負荷運動は苦にならない。
どちらかというと、そういう体を動かす事よりも頭を動かす事を最優先にし、地上でも歩きや自転車よりは自動車や公共交通機関を使う人たちだったので、つまりは
「高い金を払ってスポーツジムなんか行きたくない」
という人を無料加入させたは良いが、
「来たくて来たんじゃないし、言われた事はするけど、自分でやりたい事考えろと言われてもなあ」
となってる為、インストラクターが必死に、筋肉をムキムキにするでもなく、スタミナをつけるでもない、日々飽きずに続けられるメニューを考えて、やらせようというものだ。
彼等は必要が無ければ
「そんな激しい運動する必要無いし、長時間筋トレマシンを動かす趣味も無い」
という人たちなのだから。




