置き土産を食そう
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2022年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
世の中には菜食主義者がいて、彼等の食文化が存在する。
ベジタリアンといっても、殺行為を取らない卵や乳製品や蜂蜜は摂取しても良い派閥と、動物性由来のものは一切摂らない完全菜食主義とに分かれる。
ヴィーガンの中には
「根菜や葉野菜の摂取は、植物そのものを殺しているよね」
と果実、種子しか食べない果実食主義者という派閥もある。
「こうのす」は地球から肉類を持ち込む事を禁止していない為、食の禁忌は無いが、完全自給自足でいくならば、現状ではヴィーガンな生活となるだろう。
いずれは鶏舎や水槽からも食糧を得るようにはしたいが。
さて、土壌農耕モジュールの片隅に、第四次長期隊の置き土産がある。
レモン、葡萄、オリーブ、ブルーベリーの鉢植えである。
宇宙ステーション程度では利用可能面積に限度がある為難しいが、月基地や火星基地のような、広い面積を確保し、近くから土壌も得られ、微少でも重力がある場合は、果樹の実も食べられた方が良いだろう。
栄養のバランスがある為、フルータリアンの生活が宇宙で最適等とは言えないが、一から育てるよりは、既に育った樹を移植し光合成による酸素生産も請け負わせながら、実は食べるという方法もありだ。
1本2本ならそれ程でも無いが、緑地を作れる程の面積を確保出来るならその方が良い、かもしれない。
そこは今後の研究結果にもよる。
置き土産であるレモンの木、オリーブの木は研究の為という面もある。
「自分としては、葉の数や二酸化炭素の吸収、逆に呼吸による排出。
酸素の生産量なんかを計測していれば事足りますが、
成った実の方はどうしますか?」
先日は浴室で妙な事をして始末書を出す羽目になった本広飛行士だが、本業ではしっかりしている。
彼にとって、果実の栄養価の分析も仕事であるが、それは針を刺して果汁を取れたら分析出来るから、実の方はどうでも良い。
熟し過ぎて廃棄にするのはもったいない。
有効利用させたい。
宇宙ステーションの住人なら、そう思うようになってしまうものだ。
まあ役得で黙って食べてしまっても良いのだが、先日プログラムに無い事をしてしまった為、今回は注意しているようだ。
相談された一同は、南原厨師長を見る。
見られた方は
(いや、中華料理人にレモンとかオリーブとか葡萄の事を期待せんでくれ)
といった表情で、何も言わない。
料理としては処理が難しい。
まあ、中華に拘らなければ手はいくらでもあるが、それだったらこう言っても良い。
「そのまま皆で食いましょうよ」
全員賛成した。
食を預かる厨師長の意見を聞いてはみたが、全員中華料理でどうにか出来るとは思っていなかった。
常識的な提案に皆が安堵した。
コーヒー党が多い宇宙ステーション内だが、この日はレモンティーが出された。
オリーブの実は、そのままでは食べられない為、塩漬けとオイル漬けを作っている。
この渋抜きも時間が掛かる為、場合によっては第六次長期隊が食べる事になるかもしれない。
ブルーベリーは即席でジャムを作った。
そして葡萄はジュースにもするが、そのままでも食べる。
非常食にもなるクラッカーにブルーベリージャムを乗せ、葡萄をつまむ。
「中華料理には葡萄って無いですよね?」
その何気ない質問に、意外な言葉が返って来る。
「失伝して今に伝わってないけど、大昔は有ったと思いますよ」
「え?
最近の中華だったらマスカット炒めとか聞いた事ありますけど、昔ですか?」
「唐の時代の詩であるじゃないですか。
『葡萄の美酒 夜光の杯
飲まんと欲して琵琶 馬上に催す』
ってやつ。
楊貴妃はライチが大好物でしたし、古代中国は結構色んなものを食べてますよ」
「では、唐の時代に葡萄料理が?」
「もしかしたら、三国志の頃かもしれません」
「三国志??」
「魏の曹操の子、曹丕の好物が葡萄でしたからね。
普通に葡萄だけ食べていた可能性が高いですが、なにせ三国志の頃の料理は伝わっていませんから。
葡萄を使った中華、料理とは言わないまでも、デザートがあった可能性は否定出来ませんよ。
次の時代、西晋の頃は貴族が金に物を言わせた様々な料理を作りましたからね。
もしかしたら、葡萄の料理もあったかもしれません」
「ほへ~。
どんな料理ですかね?
美味しいんですかね?」
「いや、美味かったかどうかは……。
本当に美味しかったら、今に伝わっていると思いますし。
あと、葡萄も品種改良されてますから、曹丕の時代の葡萄と同じではないでしょうしね」
それもそうである。
餃子なんかは前漢の頃から大晦日に食べる風習があり、今に残されている。
発酵食品の豆豉醤も二千年前には既にあり、今まで伝わっている。
三国志で言えば、曹操なんかは酒の醸造法を聞き出し、記録として遺しているわけで、この時代の料理関係が全て失伝などはしていない。
美味しい料理は時空を超えるのだ。
「ちなみに、失伝していない中華料理で、今は食べられていないものってありますか?」
「ええ……まあ……あります……よ」
「なんか歯切れが悪いですね。
どんな料理なんですか?」
「気分悪くなりますよ。
人肉料理ですね。
孔子の弟子とか、漢の劉邦に天下を取らせた彭越とかが殺されて、ハムに加工されました。
周の文王も、幽閉されていた時に長男の肉を料理されて出されたとか。
他にも……」
「すまなかった。
もう良いです」
「失伝って、記録として残っているだけですよね。
まさか、今も料理として残っているとか、無いですよね?」
南原厨師長は答えない。
答えは中国の闇が知っているだろう……。
おまけ:曹操も葡萄が好きだったとか。




