第四次長期隊後半組も帰還する
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
第四次長期隊の前半帰還組は、天候回復により1日の滞在延長だけで済んだ。
回収する海上のコンディションから、着水場所は変更となったが。
こうしてまず4人が帰還する。
その後、一週間もしない内に第五次隊の後半組が到着した。
乗員は2人。
帰りの便は宇宙スクーターを持ち帰る為、下部座席2人分を倉庫として使用する。
2人乗りで来た方も、宇宙スクーターでは無いが実験用のラックに納める機器を持って来た。
それを取り付け、外した機材は倉庫送りとする。
今回の研究機材では、結晶構造を無重力で成長させるものだ。
それで何をするかの説明は省略する。
重力が無い為、下方ばかりでなく全体的に成長させられる。
時間をかけてじっくりと成長させる。
これが宇宙ステーションで実験する理由となる。
今回到着した因幡飛行士は、そういう物性系の研究者であった。
第五次長期隊はこんな感じで、学者が3人ミッションスペシャリストとして滞在する事となった。
ちょっとミッションスペシャリストたちは物静かで、破天荒な事はしそうにない。
とは言え、外国人もそうだが、3ヶ月も外を気楽に歩けないような閉鎖空間に居ると思わぬ嗜好が目覚めたり、何かの禁断症状が出たりするから、今後どうなるかは分からない。
地上ではそれ程でもなかったのに、やたらコーヒーの味にうるさくなる人も続出した事だし。
3人とも、真面目ではあるが堅苦しくはない。
「地球に持っていく前に、その宇宙スクーターとやらを詳しく見せて欲しい」
言った時期こそバラバラだが、3人は揃って同じ事を言った。
既に分解して、帰還用のジェミニ改の下部座席部分に収納している。
わざわざそれを取り出して、再組立てもしない。
「見たいなら、もう分解してますが、それを見て行って下さい」
と伝える。
ジェミニ改は訓練用で、居住性はほとんど考慮されていない。
狭い船室な為、機械を見に入るのは1人がやっとだ。
3人のミッションスペシャリストは個々に船室に入り、分解された機械を色々触っていた。
「本当にスクーターそのものですね」
「乗ってないから分かりませんが、慣性制御が難しそうですね。
コンピューター制御してるんですか?」
「質量対推力比は幾つで、加速度としてはどんなもなんですかね?
最高速度は?
秒速何キロではなく、この宇宙ステーションとの相対速度では?」
「積載可能重量は?
まさか原付と同じ30kg?
自動二輪と同じ60kg?
もっと上ですか?」
様々に質問をして来て、本来面倒な筈なのに栗山飛行士もニコニコしながら、資料を出したりして答える。
学者たちは質問内容はバラバラながら、最後だけは全員同じ内容の質問となった。
「それで、何時実用化ですか!?」
そう話している時、青年を通り過ぎ中年に突入している学者なのに、その目が割と少年の目なのが見て取れる。
やはり、宇宙までわざわざ来るべく、面倒臭い訓練にも耐えるだけあって、そういう面は持っているようだった。
言ってる事は割と細かいのだが。
12月からの滞在は、割と日本の行事を行うよう決められている。
去年の反省から、ケーキ作りの工程は省略されたが、まずクリスマスを行った。
もう数日で大晦日、そして正月である。
「結構単調な日が多く、決められた事をこなすだけの日々だから、
面倒だけどこういう年中行事は良い事かもしれませんね」
井之頭船長が言う。
前回、彼が「こうのす」に滞在した時はフェーズ1、居住空間はコア1だけで、順次到着するモジュールをセットアップし、宇宙での研究を立ち上げる忙しさがあり、行事とかを楽しむ余裕も無かった。
また、第一次隊は4人体制であった為、当直のローテーションも厳しかった。
今回は、まだ数日しか過ごしていないが、前回滞在時のような慌ただしさもなく、ちょっと「前よりも退屈になるかもしれない」と予想していた。
「退屈なのが我々なら良いのではないですか?
学者、研究者って地道な事を退屈とは思わない人たちですし、
案外気分転換の仕方を知っていますよ」
今回ジェミニ改でやって来た森田副船長が答える。
彼も「こうのす」は2回目である。
前回は第一次短期滞在隊を率いた。
その際、70歳を超えた老先生の世話もした。
まあ、世話等必要ない程矍鑠としていたが。
滞在自体は短期だったが、それより前に訓練期間を「滞在チーム1セット」で過ごしていた為、老先生だけでなく、一緒に来た外国人飛行士、全員研究系の技術官僚を見て来た為、彼等のルーチンワークを淡々とこなせるしぶとさのようなものは知っている。
「大晦日には蕎麦、正月には餅、女性は今はいませんがひな祭りもしますかね。
短期滞在隊では来るでしょうから。
退屈な生活にはならないよう、刺激が与えられますね」
「あのぉ……」
南原厨師長が会話に入って来る。
「旧正月、春節もやって良いでしょうか?」
2022年の春節は2月1日である。
船長と副船長は間髪入れずに答えた。
「もちろん、是非ともやって欲しい!
美味い料理は出ますよね?
何出て来るんですか?
餃子とかでしたっけ?」
そんな第五次隊を眺めながら、明日帰還の第四次長期隊新沼船長と栗山飛行士は
「地球降りたらさ、横浜中華街でも行かない?」
「いいですね。
第四次長期隊の皆集めましょうか」
「そうですね。
それ程大人数でもないし、集まって中華食おうや」
「ですね~。
帰還直前にあんな話聞かされたら、たまったもんじゃないですよ」
そう語り合っていた。




