腐女子はバイク女子でもあった
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
「すみません、その宇宙スクーター、私にも乗らせてもらえませんか?」
そう言って来たのは松本飛行士である。
彼女の主任務は宇宙での医療において、応急処置以上の作業を実際に行ってみる、無重力では地上とどれだけ違いがあるのかを調査・報告する事であった。
休職中のプロの看護士である彼女が、機械の方の技術実証に首を突っ込んで来るのは予想外であった。
さらに言えば彼女はアニメ好き、同人誌好きの「腐女子」である。
今回やって来た女性飛行士3人のうち、2人は頭脳優秀ではあるが、基本的に「勉強がよく出来る体育会系」「大学院まで出た総合格闘技選手」と同系統であり、体を動かす事が大好きなアウトドア派であった。
コミュニケーション能力に問題は無いが、基本的にインドア派の、一人でヲタク趣味に没頭しているのが好きと思われていた松本飛行士が、宇宙スクーターを操縦したいと言って来たのは意外であったが……
「だから、そういう風に人をひとまとめにして判断するのはやめて下さい」
との事だ。
(そういえば、女子高校が原付バイクに出会って人生変えるアニメやってましたし)
(ああ、納得。
そっちか)
(え? そんなアニメやってたの?)
(船長は疎いんだから、分からないと思いますよ)
実際松本飛行士は、そのアニメの原作をきっかけに自分でも「同じ車種」を買ったそうだ。
自動車の普通免許は持っている為、50ccのバイクは問題無く乗れる。
ただ、彼女がバイクを買って運転し始めてから日が浅い事である。
その事を指摘すると
「宇宙スクーターなんて、今まで無かったのですから、全員初心者でしょ。
運転してから日が浅いとか、あまり関係ないと思います」
という返しをされる。
確かに一理はあるが、操作系がバイクと相当に似ているので、運転経験は重要かとも思われた。
「まあ、そういう人に操縦してもらって意見を聞くのも良いと思いますよ。
下手に機械慣れしていると見つからない欠点があるかもしれません」
賛成したのが担当ミッションスペシャリストの栗山飛行士である。
この人も生粋の技術者であり、機械いじりが好きな男である。
機械の性能を確認するのも必要だが、利用者の使い勝手を良くするのも大事な事だ。
「なので、幾つか条件は付けますが、操縦して貰っても良いでしょう。
松本さんたちは明後日には帰還ですからね」
女性チームも短期滞在期間は二週間。
与えられた任務はほぼこなし、帰還当日は予定を入れず、最後の1日も予備日として「特に残った仕事が無い限りは自由に過ごして良い」事となっていた。
だから、怪我をさせるような事はもっての外だが、それ以外は自由にさせて良い。
船長、副船長は話し合い、一応地上管制員にも許可を得て宇宙スクーターに乗って貰った。
乗る条件だが、
・軟式拡張与圧室での超微速運転に限る
・試験飛行同様に船外作業服及び命綱は装着する
・1時間ずつ、合計2時間までとする
このようにした。
松本飛行士も承諾し、いざ操縦となった。
「お、面白そうですね」
折笠飛行士が、船外服を装着している松本飛行士を見てそう言う。
「なんでこんな面白い事に誘ってくれないんですか!」
文句を言うのは為末飛行士である。
「……いや、君たち2時間がノルマの筋トレを3時間ぶっ続けでやってたから、
この話をしていた時に近くに居なかっただろ」
「明後日帰還ですからね。
無重力に居て筋肉が鈍っていたら立てなくなるとか言うじゃないですか」
「二週間くらいなら大丈夫だぞ」
「筋肉がもっと激しく動かして欲しいって言ってましたしね」
「……いつも筋肉と会話してるんですか?」
「たまにね!」
とりあえず筋肉女子も宇宙スクーターに乗りたいという事で、順番を待って貰う。
この2人は、確かに筋肉に脳も侵食されているところがあるが、片や元メカニック、片や元航法士で機械には強い。
また、普段から自動車やバイクには乗っていたそうだ。
初心者というわけではない。
初心者の意見という事ではないが、まあこの日は自由行動可能な日である。
体格的にも、小柄な為末飛行士、標準サイズの松本飛行士、170cmオーバーで肩幅は男性並みの折笠飛行士と試すには丁度良い具合にばらけていた。
「お、上がって来た。
交代ね」
「どうだった?」
「微速だし、室内だから爽快さは無いですが、三次元ってのはこんな感じかって思いました。
一点。
バイク同様、ふかし過ぎは危険ですからね」
コンピュータによってストッパーがかかっている為、急加速は無い。
しかし、上昇下降、左右の展開で摩擦が無い、重力が無い為回転し過ぎてしまうのだ。
その為、停止させようと逆の方に舵というかハンドルを切り、噴射を行うとまた行き過ぎたりして混乱する。
バイクで荒れ道を走る時に体を浮かせたり、移動させたりするように、宇宙スクーターでも体を動かす事で上手く動き過ぎないようにしている。
重心移動により、推進剤を省略して制動をしている。
「スクーターよりもバイク寄りですね」
「モトクロスみたいな感じ?」
「自転車のBMXとか?」
長距離移動においてはバイクのように座っていて良いが、細かい制動を行うには体を動かす必要がああるようだ。
バイク女子たちは一通り乗って、まあ何となく分かった。
そして声を揃える。
「どうせならこのまま地球一周させて下さい」
「ダーメ!」
いずれは実現したいが、今はまだテスト段階であった。
ダメ出しした栗山技師も
(いずれは実現したいものだ)
と思っていた。
おまけ:
松本飛行士の「腐」設定、やっと活かせました(この為)。
前回ラストのアニメネタ突っ込みもここに繋げる為でしたし。




