宇宙医療調査
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
今回の女性飛行士たちが乗って来たジェミニ改には、実は4人目の搭乗者がいた。
Doll of (人形)
Imitation (模倣・模擬)
Surgery (外科)
Apparatus (器具)
Medical(医療)
Assistant (助手)
D.I.S.A.M.A.通称「爺様」と呼ばれる「宇宙での事故や外科手術をシミュレーションする為の人体模型」である。
成人介護実習用のマネキンや、救命処置の練習用人形の延長版と思って貰えれば良い。
重さ、体格、骨格や血管の再現、外部装置を使った心臓鼓動の再現といった具合に機能満載で、割と金がかかっている。
地上では看護士である松本飛行士が、宇宙医療の前段階の実験をする為の機材である。
全員女性クルーのジェミニ改唯一の男性搭乗者であった。
宇宙飛行士の訓練を受けた人は、自分で何とか出来る。
仲間が怪我をした際の応急処置も可能だ。
緊急時なら地球へ戻す事も可能である。
だが、どうしてもそこまでの訓練は経ずに、宇宙にまで来たい人たちがいる。
多くは功成り、名を上げた中高年以上の人である。
そういった人たちは、若い飛行士と比べて、何らかの形で体にガタが来ている事が多い。
かつて「こうのす」に来た老先生みたいに、70歳過ぎても若い者には負けてない亀〇人や元ハンター協会会長とか中国拳法の海皇みたいな人ばかりではない。
そこで、「もしも宇宙で循環器系の病気を発症した場合」とか「宇宙で老化して衰えた骨が折れたら」という場合についてマニュアルを作りたい。
それにはまず準備段階の調査が必要となる。
そんな時、ミッションスペシャリストの応募者に看護士資格を持った女性を見つけた為、抜擢されたのだ。
「休職の理由ですか?
激務続きだったので、院長の計らいで1年間完全有給を許可されたんです。
というか、休めって言われまして」
「応募の理由ですか?
行ってみたかったから、です。
ほら、アニメでも生活班長兼レーダー手とか居ますよね」
「アニメにハマった理由ですか?
現実の男性にウンザリしたからです。
怪我して運び込まれたりすると、かっこつけててもメッキが剝がれてる人ばっかりですから。
入院も長引くと我がまま言って来ますしね。
ああ、別にそれがダメってわけじゃないですよ。
人間そんなものですから。
だから、夢見るなら二次元の方が裏切る事はないですからねえ」
現実の人間に対する冷めた部分と、二次元に逃避した腐女子的な部分を合わせ持っているが、技術は確かだし、和を乱したり内に籠るような人格でもない。
しっかり1ヶ月の閉鎖環境訓練も乗り越えている。
彼女は医師ではないから、外科手術とかは出来ない。
やってはいけない。
医師の指示の下、注射や点滴、止血、入院患者の世話及び状態診断等を行う。
また医療器具の準備、病院各所の消毒、医薬品の管理もする。
病院だと事務や、待合室で暴れる子供を大人しくさせたり、順番はまだかと怒る患者をなだめたり、そういう雑務もあるが、「こうのす」では考慮しなくて良かった。
なお、彼女が「腐」の方に目覚めたのは、坐薬挿入や浣腸だったそうで。
「なんでしょうね?
女性看護士にそっちの方いじられると、負けたって顔になる男性が多いのは。
前の方だと『見ろ!』って感じに割と堂々としている人が多いのに」
「ストップ! もうそれ以上は色々とアウトだ!」
若干の不安はあったが、とりあえず彼女が宇宙まで来た。
「医療的な知見はもうアメリカ、ソ連が大分集めています。
看護士の私が来たのは、無重力での医療の手順で問題が無いかを確認する為です」
スイッチが切り替わってプロモードの時の松本飛行士は隙がない。
コア2の一角を借り、無菌室になる臨時のエアルームを作る。
その中で「医療系の資格持ちが出来る作業」の確認をする。
注射をする時だって、重力が無いと体が安定せず、上手く突き刺せない、シリンダーを押す際に反動で体が動いてしまうといった事が起こる。
点滴も、体を縛るようにして固定しないと、患者の体が浮いて点滴のチューブに絡まる危険性がある。
あと、注射針や消毒した綿を、重力下では何気なくゴミ箱に捨てる。
これが無重力だと危険だ。
綿なら良いが、針とかハサミとかが浮いていたら危ない。
いつもの感覚で捨てても、その通りにゴミ箱には入らない。
捨てても、その後で出て来る可能性もある。
そこでゴミ箱にしっかり捨てて蓋をする、捨てたものが出て来ないようにする、という事も考えたゴミ箱を作る。
AED(自動体外式除細動器)をかける時も、寝かせるという行動が無重力では異なる。
寝かせるのではなく、体を固定する。
その際、電気を流すものだから、宇宙ステーションという故障したら危険な狭い居住区では、電気が外に流れないように注意する。
そういう事にも使うストレッチャーの展開や収納のやりやすさも調べる。
DISAMAの機能の一つ、「けいれん」モードも試してみた。
ビクビクけいれんしていて治療に差し支えがある場合。
この時、人間の体は無意識に凄い力を出す時がある。
この場合は、医療関係無く他の飛行士も呼んで、適切な対応をする。
「落ち着くまで空中放置ってのもありですね」
大型の与圧室で起こり得る事だが、両手両足を延ばしてもどこにも着かず、反動を使った移動が出来ない「室内遭難」というものがある。
これは他に誰もいないと、どこにも移動出来ないから、最終的には飢え死にする。
ゆえに「こうのす」はあえて人間が手を延ばせばどこかに着くくらいのサイズで区画されている。
それがされていないのが、軟式拡張与圧室である。
ここに入る際は、決して一人ではいけない。
そういう決まりなのだが、
「それを逆手に取り、暴れる患者はそこに置いて、どんなにジタバタしてもどこにも行かないようにした上で経過観察が良いでしょう」
となった。
宇宙では不便なこと、宇宙ならではやり方、模索は続く。




