オール女性チーム到着
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
ジェミニ改が「こうのす」に到着した。
新たな短期滞在隊が到着したのだ。
今回の短期滞在隊は僅かに3人。
日本から打ち上げるジェミニ改は最大4人乗りで、多くの人員は輸送出来ない為だ。
折笠船長、為末操縦士、ミッションスペシャリストの松本飛行士と全員が日本人で女性であった。
女性飛行士は普通に存在していたし、彼女が訓練機であるジェミニ改の船長を勤める事に何の疑問も無い。
あえて女性だけの編成にしたのは、マスコミ対策ではあった。
……残念ながら、日本のマスコミは別のニュースを追っかけていて、まったく注目されなかったが。
代わりに「女性だけ」というのは海外でも珍しいようで、昨今の風潮から外国人記者クラブでは打ち上げ前に会見が行われたりして、海外の注目度の方が高かった。
重要任務は……特に無し。
本来ジェミニ改は訓練機であり、宇宙飛行士を育成する為に最小限の機能しか持っていない。
AT車全盛期に走っているオールマニュアルのクラシックカーのようなものだ。
訓練そのものが目的であり、松本飛行士が行う宇宙での医療活動の為の下調べは、おまけのようなものであった。
逆に第四次長期隊は全員男性である。
ちょっとむさくるしい。
久々に女性を見られるとあり、普段は伸ばしっぱなしにしていた髭を剃ったりもした。
女性隊到着前には、「こうのす」で初めての試みもされる。
散髪である。
ミッションスペシャリストの久保田飛行士は、結構な癖毛であった。
他の5人は髪を短くしてから宇宙に来ていた為、彼だけが髪が伸びたのが気になる。
船長・副船長は、軍人や自衛官、パイロットと同じくらいに整髪している。
牧田料理長は、料理に髪の毛が落ちないよう、ほぼ坊主頭であった。
栗山飛行士はエンジニアとして、作業中に髪が目にかからないよう短く切ってある。
米沢飛行士は……あえて言うまい。
「もう生えて来ないんだ!
何も気にする事はない!」
久保田飛行士の頭髪は、一ヶ月前は、某白夜叉程度のモジャモジャであった。
今はベートーヴェン級になっている。
放置すれば「ライオン丸」と呼ばれた元コロンビア代表のサッカー選手みたいなボンバヘッ!になるのは目に見えていた。
そこで、身だしなみに気を使う一環で、散発を試みる。
「待て! バリカンはダメです!
米沢さん、なんか悪意の笑みが浮かんでいますよ」
「チッ……」
「何の舌打ちですか!?
他の人お願いしますよ」
髪を切らせる相手も選ばないと。
「どんな髪型にしますか?
ブラジル代表のあの選手がやっていた大五郎ヘアにしますか?
それとも某国の将軍様のような黒電話ヘアにしますか?
はたまた某国際的なパフォーマーのような横だけウル〇ラマンタロウヘアにしますか?」
「……なんで一部残して全部刈り上げするのが前提なんですか!
チェンジで!」
「剃り込みは必要っすよね。
稲妻に剃りますか?
あと、折角髪長いんすから、襟足から先は伸ばしたままにして他短くした方がイケてるっすよ」
「……栗山さん、あなたやっぱりそっち系?
つーか、自分は人畜無害!
植物のように穏やかな生活をしたい人間です!
攻撃的な人種の髪型にしないで下さい!」
「あー、そっちか。
じゃあ、オールバックですね」
「白く染めましょうか?」
「爪も切っておきますか?」
色々といじられた後、普通に「現状のまま、短く」された。
この中に美容師の経験がある人はいない為、変わった事をしたくても出来ない。
実はバリカンで一定の長さに刈り揃えるのが一番の正解だったりする。
切った髪は、即座に手持ち掃除機で吸われる。
癖毛をそのまま切るのは難しいので、徹底的に濡らしてストレートにしてから切る。
髪を濡らして固めておけば、髪の毛の飛散も防げる。
「やっぱりバリカンにしませんか?」
何度も聞かれたが、久保田飛行士は拒絶する。
どうも過去に、バリカンに癖毛が噛んでしまい、かなり痛い思いをしたトラウマがあるそうなのだ。
それでは合理的だからといって無理強いも出来ない。
「よし!
自分の技術ではこんなものだ。
これ以上は自分でやるように。
その場合、このまま浴室からは出ないで切る事。
ここに掃除機置いていくから、切った髪は必ず吸い込んでおくように。
顔剃り、シャンプー、ドライヤー、マッサージは自分でやるように」
「顔剃り、シャンプー、ドライヤーは自分で出来ますが、マッサージは無理があります。
まあ、頼んでませんけど。
でも、なんで美容室とか行くと、必ずマッサージするんですかね?」
「知らん!
ていうか久保田君、美容室なんか行くのか?
床屋で十分だろ?」
短くするだけの人ならそうだろう。
普段、久保田飛行士は癖毛矯正もするのだから、行く場所に文句を言っても仕方ない。
マッサージだが、散髪中は知らず知らず体が固まってしまう為、それを解す為のサービスだそうだ。
そんなこんなで男性陣は身だしなみを整えて女性隊を出迎えた。
「いやあ、やっぱりジェミニ改は狭いっすね。
船長として緊張する席に座ると、それもあって窮屈に感じましたよ」
折笠船長が握手しながらそう言う。
彼女は顔は可愛い部類だ。
しかし、ごつい。
元自衛官で、レスリング選手でもあり、中々立派な体格であった。
資料でしか見ていなかった久保田飛行士は、会って、自分よりでかい女性に圧倒される。
為末操縦士は小柄であったが、筋肉質で色黒である。
彼女も自衛官上がりで、正規の飛行士としての訓練をクリアして来たのだ。
看護士資格を持つ松本飛行士は、更に小柄で華奢だったが、この女性は悪い意味で男性に気を使わない。
「腐」の部類だと言えばお分かりだろう。
この遠慮があまり無い女性たち(2人は男社会で暮らしていた猛者)は、久保田飛行士を見てズバっと言った。
「変な髪っすね。
自分で切ったんですか?」
「無理して散髪しなくて良かったんですよ。
マリモみたいになってますよ」
「ぐふふ……腹巻して、刀三本使ったら似合うかも……」
といった女性陣との、二週間の宇宙生活が始まった。
おまけ:ボンバヘッよりはマシだろう。




