総合評価
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
「さて、日本の宇宙ステーションによる長期滞在実験だが……」
NASAの長官が話を始めた。
彼の評価に関わりなく、「こうのす」の運用は続けられる。
この計画は対米貿易黒字対策という側面があるのだから。
ただ、昨今は色々と情勢が変わって来てはいる。
いつどこで何がどうなるか予測しにくい。
なので、NASAの火星探査計画や月基地建設計画の事前実験的な扱いとなれば、国際事業として続けやすい。
総理も来年には任期切れを迎える為、後任が続行するか、別なやり方に変えるかは分からない。
(まあ、止めるならそれはそれまで)
と思わなくもない秋山である。
自由度が高過ぎて暴走気味な上に、外国の機関まで悪ノリして来る時がある為、統括役としてしんどいのだ。
NASAの長官は言う。
「中々有意義だ。
思ってもみなかったデータが取れたりしている。
私は思考が違う人間が異なるアプローチで実験をする事の重要さを改めて気づかされました」
一同が拍手をしている。
秋山も嬉しくはあるが
(ああ、どうもまだ続きそうだな)
そう内心思っていた。
同様に、アメリカから参加している小野も
(自分はまだアメリカから帰れそうもない……)
と感じていた。
まあ、相当多忙で責任も重く、社会人になってすぐの若造がアメリカに放牧されっぱなしというのは酷いように見えるが、年数で見ればまだ3年になっていない。
留学でもそれくらいは普通、商社の駐在員はもっと長い人もいるので、愚痴を言っても聞いて貰えないだろう。
「それで、日本の宇宙ステーション計画について、我々からの要望が幾つかある」
(そら来た!)
継続となれば、ただ漫然と同じ事を繰り返すだけにはならない。
NASAの要望は
・現在の長期隊3ヶ月滞在を半年滞在に変更し、より長期間のデータを集める
・代わりに短期滞在隊の頻度を上げる事で、回転率を向上させる
・住環境に関する実験を更に深める
というものであった。
「1年滞在の隊員も置きたいところだ」
月は片道3日半なので、戻ろうと思えば戻って来られるが、火星は往復2年半を想定していて、それくらいの期間の実験を予めしておきたいところである。
だが、それはアメリカが行う。
あくまでも「こうのす」は、日本がISSでやらない実験として「出来る限り宇宙で快適な生活を」にNASAが乗っかって来て、いつの間にか「月基地や火星探査の為のテスト」という位置づけにされていた。
なので、あくまでも日本の計画優先、アメリカは要望を出し、可能ならそれを共同で行いたい。
月や火星の為の本格実験はアメリカが自分の責任で実施する。
だから、半年滞在が要望出来る最長となろう。
短期滞在隊の来訪頻度を上げるのは、日本側への配慮と、アメリカの都合の両方がある。
日本は宇宙飛行士、ミッションスペシャリストを増やしたい。
その為には滞在者の交代頻度を上げたい。
半年ごとに比べ、3ヶ月で交代の方が、倍の飛行士を養成出来る。
その為、アメリカも協力するから短期滞在を増やす事で、飛行士を増やす目的を果たそうというのだ。
一方、アメリカでは宇宙旅行希望者が多い。
最近では、某有名SF番組の艦長役が実際に宇宙(の入り口)まで旅した。
「こうのす」船内ではそのニュースを聞いて、
「リアル艦長だ!
艦長室、残しておいて迎え入れたかった!」
と興奮していたが、そんな感じで宇宙が身近になりつつある。
(代々「こうのす」の船長が個室として使っていた旧「こうのとり改」は、老朽化の為に廃棄済みである)
そういう観光客を、ISSではなく、既存の「こうのす」に流そうと考えていた。
元々アメリカが「こうのす」の使用権を持っている目的は、「ISSで処理出来ない事を任せよう」というのが主である。
月だの火星だのというのは、後から入って来た案件なのだ。
アメリカはいずれ、自前の宇宙ホテルを打ち上げたい。
その時は、現在「アネックス」として使っている新型居住モジュールを返還して貰って使い回すか、これをベースに新たなモジュールを開発するかを行う。
ビジネスの為にも、回転率を上げて、このモジュールのデータ収集をしておきたい。
「それと、これ以上の浴室、トイレ、厨房の強化は不要と考える」
NASAが先に釘を刺して来た。
まあ、天空温泉郷を考えているスタッフが、「要望」や「意見」程度を聞く筈は無いのだが。
「水耕モジュールのような、酸素生成と食糧増産、そして精神の安定に必要なモジュールの追加が望ましいと考える。
これについては、JAXAの承認が取れ次第、我々の方で開発を行いたいと思う。
どうだろう?」
事実上、「やるからよろしく」と言っている。
ここでNoと言っても、上の方で「やってくれ」と話がついてしまうから、事実上決まりだろう。
モニターを見ると、小野が頭を抱えていた。
多分、利用についての日本との調整、使用マニュアルの作成、実験から打ち上げまでの立ち合い等が彼の役目となる為、それが理解出来てしまったのだろう。
(すまんが、よろしく!)
いい加減、秋山も小野への扱いが酷いような気がする。
かくして「こうのす」の第七次以降の運用方針が定まった。
一部の職員の犠牲の元に。
おまけ:
総理は特定の誰かをイメージしてはいなく、あの人とかあんな人とか、そういえばああいう事言った人とか、そういうのを混ぜた人です。
ただ、連載開始時から2年半経ってますし、そろそろ後任の話を、出しませんが匂わせても良いかな、と思いました。
解散総選挙があったから、という訳ではないですが、とりあえず3年目の2022年2月22日の2並びでこの総理は任期満了って事にします。
(政治の駆け引きネタは本意ではないので、せいぜい後任が継続するか、やめたがっているか、任期切れ前後で決めたいと思います)




