食事情
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
「続いて『こうのす』における飲食から得られたデータと、その分析について討論しましょう」
議題は飲食に移る。
「宇宙で出来るだけ地上に近い快適な生活を送る」という目的の中で、一番充実しているのがこの食事情と言える。
住環境は限度がある。
ただ広ければ良いものでも無い。
両手や伸ばした手足が壁に着かないと、どこにも進めなくなり船内で遭難する事もある。
地上とは違い、体を伸ばせばどこかに触って移動出来る事が必要なのだ。
そして、無重力という大きな環境の違いがある。
直径の大きな回転をさせない限り、遠心力による人工重力を作っても別な問題が発生する。
直径が小さいと、遠心力を大きくするには回転速度を上げる。
すると、簡単に言えば目が回ってしまうのだ。
だから現在、巨大な直径で回転する建造物を宇宙に造るロケットも無いし、資金も無い為、快適な重力を持った宇宙船は存在していない。
しかし食については、やろうと思えば幾らでも良く出来る。
ここでも無重力や閉鎖環境かつ無菌という事による制限が出来ており
・炭酸飲料は飲む事禁止
・脳に血が行きやすい為、アルコールも要注意
・動物性たんぱく質は、宇宙では生産困難な為、必ず地球から持ち込む
・臭いのきつい食べ物は持ち込み禁止
・納豆等の発酵食品は扱い要注意
・火災の恐れがある為、炎を発生させる調理器具及び調理法の禁止
・他の実験に影響を及ぼす可能性がある為、発酵に関しては要閉鎖
・液体を飛び散らせる、すする系麺料理の提供禁止
等となっている。
「すする系麺料理禁止」はローカルルールである。
カップラーメンの母国、しかもNASAの宇宙飛行士が食べているのに禁止?
逃げ道だが、すすって、汁を飛び散らさねば問題は無い。
フォークでクルクル巻いて食べる分には問題が無い。
ピンポイント指定するなら、ざるそば(もりそば)、釜揚げうどん、そうめん、長い中華麺+汁が禁止となる。
同じ長い中華麺でも、汁なし担々麵は「餡にトロミをつける事」で許可された為、ケースバイケース。
故に「すする系麵料理」という曖昧な表現となった。
なお、かつてピンポイントで指定したところ、チェックに当たったNASAの職員から
「Zarusoba noodleとは何だ?」
と聞かれたのも、解釈の広い表現になった理由でもある。
なお、ISSで食べられているカップラーメンは、麺が短くフォークで食べやすい外国向け仕様だったりする。
「炎を発生させる事禁止」と「発酵は要閉鎖」もローカルルールだ。
ISSではそもそも「過度に加熱させない」為、電子オーブンや油無しフライヤー、電子レンジも使用禁止。
湯煎での加熱のみとなる。
発酵などもっての他。
ISSでは生卵(外国ではサルモネラ菌汚染の可能性あり)も禁止であり、日本からのみ特例で許可された事があった。
現在、久保田飛行士が「宇宙で千枚漬けを!」と張り切っているが、漬物(乳酸発酵)も本来宇宙ステーションではやってはいけない。
準隔離機能を持つ厨房モジュール「ビストロエール」があり、そこの更に拡張船外倉庫が有るから味噌やパンの発酵、更に生ハムの乾燥と熟成なんて事が出来るのだ。
それでも「納豆」「クサヤ」「キムチ」「臭豆腐」一部の「ブルーチーズ」といった発酵食品は、別の意味でも持ち込み禁止である。
と、このように日本側は色々と考えて基準を作り、それに沿った運用を行った結果を報告した。
また、この食事による飛行士たちの体調や排泄物の量(これも長期滞在では極めて重要な情報)、再処理水の利用による船内での循環等も発表する。
アメリカの反応は薄い。
「OK! だが、食に力を入れ過ぎていないか?」
「あまり贅沢を覚えてしまうと、かえって長期滞在ではデメリットになりはしないか?」
「いや、睡眠の部で出たように、刺激は必要だ。
娯楽が少ない長期滞在では、生活している上で新しい食事が出るのは良い刺激になる」
「だが基本物資が少ないのだから、粗食に耐える事が重要だろう」
「だから日本では再生産、循環型にしているのだ」
と言った具合で、実務的な話しかしない。
アメリカ人でも、宇宙飛行士は
「コーヒーにもっと甘さを!」
「コーヒーにはもっと濃いクリームをたっぷりと」
「ハンバーガーを!
キングサイズで!」
「カラフルでベリースイートなケーキを!」
「朝はパンケーキが欲しい。
バターとシロップをたっぷりかけて。
可能ならホイップした生クリームもだな」
「シカゴサイズのピザを焼けないか?」
「オー! テリヤキソース! グレイビーソース! スウィートチリソース!
肉! 肉! 肉! 肉! 肉!!」
と味にうるさくなる。
……あれ? 味にうるさいか?
……甘いのが欲しい、油が欲しい、量が欲しい、だけな気がするが、気のせいだろう。
この辺は、ISSで実際に長期滞在し、たまに禁断症状発症している宇宙飛行士と、地上で冷静にモニターしているスタッフの差が出ていると思われる。
(折角頑張っているのに、物足りないなあ)
秋山がそう思っていると、メールが着信する。
フランス宇宙機構(CNES)からであった。
何事かと思い開封してみる。
『味も分からんアメリカ人とのセッションの後、個人的に色々と話を聞きたい。
我々はこの宇宙での食生活について、極めて重大な関心を持っている。
別に打ち合わせの機会を作って欲しい』
そして僅かに遅れてイタリアからも同じ内容のメールが届く。
食生活を人生の重要な要素と考える国と、栄養さえ取れれば問題無いと考える国、ここには極めて大きな壁が聳え立っているようだった。
おまけ:
ランチブレイクにて。
イギリス系アメリカ人「報告書によれば、日本の宇宙ステーションのスパゲティは硬かったそうだ。
もっとソフトに茹でれば、その方が消化に良いと思わんか?」
イタリア系アメリカ人「だ・ま・れ!
アルデンテも知らん奴がパスタについて語るんじゃねーよ!
あと、日本ではペンネやリガトーニも出したようだ。
それを全部マカロニに集約するんじゃねー!
穴空いてるパスタにはそれぞれ名前があるんだよ!」




