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途轍もなく下らない問答とシミュレーション

この物語は、もしも

「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」

というシチュエーションでのシミュレーション小説です。

2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、

個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、

あくまでも架空の物語として読んで下さい。

スウェーデン人環境学者が食事中、その近くにいた久保田飛行士が話を切り出した。

「スウェーデンと言えば、シュールストレミングですよね」

「……一般的にはそうみたいですね。

 ですが、スウェーデン人全てがアレを好むと思わないで下さい。

 アレは好き嫌いが分かれます」

「好き嫌い程度の問題なんだ、あの危険物が……」

岸田副船長が首を振る。

彼も食べた事、嗅いだ事は無いが、噂は知っている。

世界一臭い食べ物。

内部で発酵して発生したガスが充満し、時々爆発するという生物・化学兵器な食べ物。

日本で輸入しようとした時、複数の輸送機関に断わられ、厳重な梱包の上「危険物」扱いでの輸送となった代物。

その食べ物について久保田飛行士が

「もし、シュールストレミングを宇宙で食うなら、どういうやり方になりますかね」

ととんでもない事を言い出した。


「却下!

 君は『こうのす』を全滅させる気か!?」

慌てる岸田副船長。

「いやいや、もしもの話ですよ。

 自分だってアレがどれだけヤバい代物か知ってますよ」

「我が国の料理を、そんな扱いされるのは不本意ではあるが、まあ臭いのは事実。

 下手したら死人が出るのも事実。

 だから、絶対に、絶対に、絶対にやらない事を前提にシミュレーションするのは面白いかも」

そうスウェーデン人も答えた事で、

「宇宙ステーションでシュールストレミングを食する方法」

について討論が行われる事となった。


何故か、忙しい筈なのに全員参加で。


「そもそも、打ち上げに耐えるものなのか?」

飛行機での輸送ですら、気圧が下がると爆発しかねない。

「飛翔体内部で減圧が起きても、その中だけは一定の気圧になるものに完全密封する。

 この容器は内部の炭酸ガス爆発にも耐えられる強度が必要だ」

「要は、危険物扱いって事ですね」

「その容器に入れた状態で、宇宙ステーションでの受け渡しとなる。

 ここまでは良い。

 では、開封する時は?」

「普通に開けると、腐液が噴水のように吹き出す」

「ここは無重力だが?」

「重力は関係ない。

 穴が開いた場所に、内部の圧力が集中する。

 ガスだけ抜く為に斜めに傾け、ガス溜まりを作る方法があるが、

 むしろ無重力の方がそれが出来ない」

「開け方ってあります?」

「野外で開ける」

「つまり船外で開けるんですか?

 まあ、真空状態では臭いませんが」

「宇宙服に液が着いたら、収容拒否だな」

「液の噴出で、新しいロケット作れたりして」

「他にも水中で開ける方法があるのですが……」

「無重力だと、水を貯めるのが大変ですな。

 水は基本、球形に集まりますから」

「その中で強力な噴出が起これば……」

「水の球ごと汚染されて、四方八方に飛び散るでしょう」

「被害がかえって増す可能性がありますな……」

全員が頭を抱える。


「一個、捨てモジュールを用意します。

 開放時、連結用のハッチを閉めて、完全隔離します。

 いけに……開放作業者は宇宙服を着て、外気を吸わないようにして作業します。

 開放時、空気を抜いて真空状態にします。

 噴射で缶詰めが暴れないよう、固定します。

 遠隔操作で缶を開けます。

 液の噴射する方にエアロックを開け、噴射液が船外に出るようにします。

 完全にガスが抜けた後、缶詰めの内容物をビニールパックに詰めて蓋をします。

 そこまでやったら、空気を入れて与圧します。

 そして食べる人が、モジュールの中に入り、その中でのみ食事をします。

 食べ終わったら、洗浄液を浴びてから戻ります」

これがある程度纏められた食事作法(プロトコル)であった。


「宇宙服を使い捨てにするのは高額に過ぎますな。

 宇宙服の上にレインコートのようなものを重ね着し、それを使い捨てにしましょう」

「手袋も必要だな」

「缶詰めを一気に開ければ噴射は無いのでは?

 機械で遠隔操作をして開けるなら、可能では?」

「いや、どんな機械でも、最初の一瞬の噴射は免れない。

 シュールストレミングとはそれ程の物なのだ」

「飛沫の飛散はどんな感じでしょう?

 エアロックは、CBMと同じ1.1m四方で大丈夫でしょうかね?」

飛沫は真っすぐに飛ぶ主流の他に、漏斗型に飛び散る副流が起こる。

穴を開けた時の、開口部の角度や形状によってそれは変わる。

「スーパーコンピューターを使った飛散シミュレーションが必要かもしれない」

「エアロック以上に、宇宙ステーションとの連絡通路の方が重要ですな。

 土壌農耕モジュールで使っている対生物汚染(バイオハザード)対策扉が必要かもしれません」

土壌農耕モジュールは、土壌という菌類の生活場所を持ち込んでいる為、そこに出入りする場合、更衣室、消毒室、調整室という何段階か部屋毎の除染作業を行っている。

臭気のついた服の破棄は、こういう隔離された部屋何段階かで行う必要があるのかもしれない。

宇宙ステーションは、極めて狭い密閉空間なのだから、ちょっとの臭気でも搭乗員の健康を損ねる可能性があるのだから。


等という「宇宙ステーションでシュールストレミングを食べる方法」についての意見が、記録・まとめ好きなイギリス人によって論文にされた。

JAXA、NASA、ESA全ての職員は、

「一体彼等は宇宙で何を考えていたんだ?」

と首をひねる。

一方、物凄い興味を示した人たちがいた。

「これは面白いな!

 イグノーベル賞の選考に値するかもしれない。

 他の選考委員に諮ってみよう」

イギリス人もまた、イグノーベル賞の常連で

「日本とイギリスは奇人・変人を誇りにする風潮がある」

事の証明であった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 瞬間冷凍して発酵を止めた状態で缶に穴を開けるとガスだけが、プスゥ~~っと抜けます。 そして、自然界解凍するなり削るなりして中身をレトルトなどに詰め替えて再凍結して運んだらいいのではないでしょ…
[一言] ほとんど深夜テンションで考えたあれこれですな。 危険物の取り扱い的には蟻なんだろうけどね。
[一言]  うむむむむむ。  安価な使い捨て?のバルーン・モジュールを作る。  その中に『サンドブラスト・マシン』の、あのタイプの構造物を設置。  人間の方も使い捨ての『全身着ぐるみ』を着る。  実…
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