欧州からの飛行士たち
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
予定通り、短期滞在隊の前半組がアメリカの宇宙船で打ち上げられる日がやって来た。
全員欧州宇宙機構(ESA)に属する飛行士、ミッションスペシャリストである。
彼等の選考はNASAとESAか協議して行われ、JAXAが搭乗に許可を出した。
彼等が「こうのす」でどのような実験をするのかは知っている。
訓練はアメリカで行われ、打ち上げもアメリカからされた。
定員7人のアメリカ民間宇宙船だが、乗員は今回は5人である。
2人は天文学者で、計測機器も自作したものを持って来る。
天文学者といっても、赤外線やX線天文学の方で、本当なら「XMM-Newton」や「スピカ」のような衛星を打ち上げたいとこだが、計画が中止になった事もあり、「こうのす」で代用したいようだ。
契約をし、その期間内「こうのす」外周に計測機器を設置し、地上にデータを送る。
こういう機器をロケットで打ち上げる時は、衝撃耐久実験や振動への耐性、故障しないような確認をする。
今回はハンドキャリーなので、その工程をすっ飛ばした。
その為、宇宙ステーション内で最終確認をし、設置後も動作確認をしてからリリースする。
考案者で設計者で製作者でもある学者が来たのは、そういう事情からだ。
1人は地球環境学者である。
地上を観測する目的で来る。
と同時に、「こうのす」で実験中の人工干潟による生物浄水についても興味を持っていた。
彼が応募した時には、既に水系モジュールの打ち上げと運用が決まっていた。
実際はその後に別件で先に打ち上げる必要があるモジュールが出来て、後回しにされた為、本格稼働は今期からとなってしまったが。
1人は工学系の技術者である。
工業的には日本のライバルに当たる、自動車の部品メーカーの人間だ。
とある触媒の生成に、無重力環境が必要と「考えられ」た為、本当に無重力ならば実現可能かを確認する為に来る。
この触媒は、電気系統の部品に使う素材合成において重要であり、それは脱炭素技術に役立つとされる。
故に日本としても、ライバルであろうが拒否せずに実験棟の使用を許可した。
まあJAXAにはメーカーとしてのライバルかどうかは、全く関係の無い事なのだが。
最後の1人、船長に当たる人が正規の宇宙飛行士の訓練生である。
NASAによる正規の訓練は修了しているのだが、なんせISSは搭乗の順番待ち。
ならば日本の宇宙ステーションで実績を積ませようという事だ。
「宇宙飛行士の国籍の内訳は?」
「X線天文学者がイギリス人。
赤外線天文学者がオランダ人。
環境学者がスウェーデン人。
素材技術者がドイツ人。
船長がアメリカと二重国籍のデンマーク人」
「えーーっと、飯マズ国ばかり?」
「失礼な事は言わないように。
ドイツの肉とジャガイモ料理は美味しいぞ。
オランダも魚料理とチーズが美味い。
スウェーデンも元祖バイキング料理のスモーガスボードで有名。
デンマークもライ麦パンとか乳製品とかがイケますよ」
「イギリスは?」
「…………」
「イギリスは??」
「……サンドウィッチとお菓子は美味しい、らしい。
あ、そうだ、朝食は食えるぞ!」
「食えるぞって……」
宇宙ステーションで作れる食事で大丈夫だろう、と食事蘊蓄のやり取りを聞いて、秋山は安心した。
だが秋山も、周囲のスタッフも忘れている事がある。
2020年の一人辺りのコーヒー消費量世界順位で
デンマーク:4位
オランダ:5位
スウェーデン:6位
ドイツ:16位
なのだ。
アメリカでようやく25位である。
日本は上位25位以内に入っていない。
なのにあれ程拘りが強くなっている。
他に娯楽が無いというのもあるだろう。
なお、イギリスもコーヒー消費国ランキングでは25位圏外だが、ここは言わずと知れた紅茶の国。
嗜好品にはうるさい。
余っているから「インスタントコーヒー飲ませておけ」では国際問題になるかもしれない。
一方救いは
デンマーク:煮物には茹でたジャガイモを添える
スウェーデン:ハッセルバックポテト、ディルポテト、ブラウンポテトとジャガイモ料理の国
オランダ:日本のポテトコロッケの原型・クロケットの国
ドイツ:ジャガイモとソーセージとビールが有れば十分
イギリス:フィッシュ&チップスが国民食
とジャガイモ料理を出せば満足しそうな連中である事だ。
ジャガイモは「こうのす」内で既に栽培に成功し、時々「これからしばらくジャガイモ料理を連続で出します」となる程だ。
出発前に新沼船長、岸田副船長には伝達済みであったが、改めて牧田料理長にも話しておく。
「まあ大丈夫だと思います。
新鮮な食材は結構ありますから」
そう言った後だが、牧田料理長はちょっと調べものをし、それから倉庫内の在庫を調べた。
そしてある系統の食材がまるで足りない事に気づく。
日本人がそれ程多くは食べないものだ。
次の定時通信の際、牧田料理長は代わって貰って不足食材について訴える。
「チーズ、牛乳が不足していました。
我々6人だけの生活なら問題無いのですが、この国籍からすればもっと有った方が良いでしょう。
急ですみませんが、補充って出来ますかね?」
打ち上げ直前、アメリカ駐在の小野がNASAに頼み込み、宇宙食として検品を通った乳製品を急遽調達する事になったのは言うまでもない……。




