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重力ノスタルジー

この物語は、もしも

「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」

というシチュエーションでのシミュレーション小説です。

2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、

個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、

あくまでも架空の物語として読んで下さい。

有人宇宙船の存在意義の一つが、無重力(微小重力)環境で様々な実験をする事にある。

無重力状態が恒常的であるから、それを活かす実験、研究が長期間可能だ。

そういう実験は主にISSで行っている。

「こうのす」の方は、「宇宙で如何に地上と同じような生活を実現出来るか」が主な実験課題で、他の地上観測や物理化学の研究はおまけのようなものだ。

ISSの方でやらない実験や、国際協力の関係で招待している他国の飛行士が、米ソは1960年代に済ませたような実験でもやってみたい為、実験モジュールはきちんと稼働している。

しかし、一番期待されているのが、火星を想定した長期間飛行や、月基地を想定した長期滞在で飛行士を快適に生活させる為の生活環境構築である。

これは矛盾した実験ではある。

宇宙ならではの利点は無重力である事。

しかし、快適に過ごすには重力が有った方が良い事。

わざわざ宇宙という場所に来ながら、地上と同じような生活を送る。

相反する事だが、1Gという重力に適応し切った人間という種を、宇宙を通路として他に移動させたり、そこに住ませたりする為には重要な実験だろう。


人間の方は、ここに来ると割り切っているから良い。

しかし、この「こうのす」には同意を得ずに宇宙に連れて来られた存在がある。


水系モジュールで研究されている水棲生物たちだ。


水中は浮力が発生するから、無重力に近い。

だがそこには、ちゃんと上下がある。

完全に無重力となった水中で、エビも貝も混乱しているようだ。

「奇行種だ」

「どっかの巨人みたいに言わんで下さい」

「全力でグルグル回っています」

「いや、それ1970年代のアメリカの宇宙ステーション『スカイラブ』での実験で、

 既に分かっていた事だから、予測が着かない奇行種とは違いますよ。

 十分予測の範囲内です」

「まあ、言ってみたかっただけなので、そこまで的確にツッコミを入れなくても……。

 しかし、貝が水槽から離れて浮遊し始めたり、エビが回転しているだけでなく食餌をやめたり、見ていてやはり変だと思いますよ」


スカイラブでもスペースシャトルでも、魚を持ち込んでその挙動を観察した。

数日、回転行動を繰り返した後で、次第に適応したのか普通に泳ぐようになったという。

しかし、「こうのす」の水環境研究モジュールでの生物は、1ヶ月が過ぎても適応しない。

これは実験として汚水浄化の為の干潟を再現しようとしているのが理由かもしれない。

人工的に干満の状態を作り、水を吸ったり吐いたりしている。

これで干潟に空気が入り、それで生物が活性化する。

地上では。

宇宙では、絶えず水がかき回される事で、水棲生物が折角無重力に慣れても、またリセットされるようだ。

更に、この人工の干潮・満潮は月の周期と無関係である。

なにせ、90分程度で地球を一周するのだ。

90毎に月に接近しては離れるを繰り返す。

生物が月の潮汐力をどう感知しているか、まだ詳しく分かっていない。

もしかしたら、月の周期と無関係過ぎる干潮・満潮とか、有り得ない間隔で月が及ぼす重力の変位を感じてしまい、それが生物を混乱させているのかも。

研究が必要だ、そうミッションスペシャリストの米沢飛行士は語る。


重力が無い事で異常を起こしているのは動物だけではない。

野菜たちがそうである。

土壌、水耕問わず農業モジュールのプラントでは、作物の茎の細さが解決出来ない。

重力に耐える必要が無い為、茎が太くならない。

代わりに葉が多く生い茂る。

水耕の方は、栄養分を吸収しやすくしているからまだ良い。

土壌の方は、茎が細く、根の張りが弱いのに葉が多い。

葉が多い為、光合成で作られる栄養が多く、根が張らず茎が細い為、土から吸収される栄養素が少ない。

野菜はアンバランスとなり病状を示す。

葉を定期的に間引く、同じ個所に密生させ、競争させて茎を太くさせるといった方法で対策して何とかしていた。


こうして生物を異常にする無重力が常の宇宙ステーションの中で、重力がある場所も存在する。

正確には遠心力による疑似重力であるが。

厨房モジュールには、多くの遠心分離機を応用した遠心料理機がある。

それを使って、コーヒーを抽出して飲むという贅沢が出来る。

重力が無くても、圧力型ろ過機の技術を応用すれば、コーヒーくらい淹れられるのだが、それよりも遠心力使った方が安上がりではある。

最近では炊飯にも遠心機を使っている。

沸騰させて対流を作り、それで攪拌させる米の煮炊きは、無重力ではどうも煮ムラが出来るようだ。

日本の電機メーカーの傑作炊飯機を無重力対応させるより、人工重力下で使った方が手っ取り早い。

最近は美味しい白米、赤飯、炊き込みご飯が楽しめる。

「お粥とかパスタみたいに、煮て蒸らす必要が無いものは前から出来てましたがね。

 あと、おこわみたいに蒸すものも」

料理人は無重力にも適応した料理を作れるが、食材と調理器具の方はそう上手くいかないものもある。

そういった意味で、宇宙ステーションに居る生物の中で、麹菌は重力の人口恩恵を常に受けていた。

味噌醤油を作る醸造が、遠心分離機を使って常に回転・重力を受けて行われているからだ。

「どうせ醸造するなら、ワインも」

「ダメです」

無重力では悪酔いもしやすい。

飲みたい時、割り切って来た筈の人類も重力を恋しく思うものであった。

(いや、重力ではなく、重力下で飲む酒が恋しいのか)

この章、タイトル名ネタに走りました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 円形水槽なら水流を回せば外側に遠心力が働くから擬似重力にできるよな
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