夢へのプロセス
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
宇宙スクーターは、まずは鳥籠と呼ばれる「こうのす」の周囲に貼り巡らされた金網の内側で試験を行う事になっている。
バイクの教習と一緒で、いきなり公道には出ない。
テスト用の場所で、初めて乗る車体の動作を確認するのだ。
しかし、バイクの教習と違い教官はいない。
新沼船長、岸田副船長が最初の使用者として、自分が操縦を覚えるだけでなく、機体の動作チェックも行う事になる。
中々緊張する。
船外作業着の推進装置と違い、宇宙スクーターのはもっとパワーがあるし、機体全体の質量もある。
暴走して金網にぶつかったら、そのまま囲いを壊して船外に投げ出されるかもしれない。
それを防ぐ為、自動車教習所で助手席に乗る教官が踏むブレーキの代わりに、船内の栗山飛行士が強制停止装置を握る。
また、万が一に備えて命綱を取り付けていた。
最悪宇宙スクーターが宇宙の彼方に放り出されても、飛行士は助かるだろう。
「その場合でも、こちら(ステーション内)もしくは地上からの操作で戻せますし、
機体にも『こうのす』からの誘導電波か、それが無くても自分の位置情報とこちらの未来位置を予測して、そこに移動する自動帰還システムが作動しますけどね」
ここはドローンの機能と同じである。
GPS、地上ではないからGround Positioningとは言い難いが、そのシステムを利用して軌道的には一定の「こうのす」まで戻る事が可能だ。
現在は、まだ機体が開発中でいつ不具合を起こすのか読めない事、燃料が無くなる事が予測される事、推進剤漏れ等で電波が受信可能角度に回復出来なくなるジンバルロックの可能性がある事、等等まだ信用が置けない為、
「機体が失われても、飛行士だけは宇宙ステーションからの命綱で救出可能圏外に放り出さない」
方針となっている。
将来は逆に、飛行士と機体をシートベルトでしっかり固定し、操縦者が機体から絶対に放り出されないようにして、自動なり手動なりの操縦で宇宙ステーションまで移動出来るようにする。
そうなる為にも、一歩一歩進めて行こう。
正規の宇宙飛行士は、大概飛行機の操縦経験がある。
アメリカでも空軍パイロットから宇宙飛行士に転身はよくある事だ。
「宇宙スクーターと言っても、実質的には三次元を動く小型航空機みたいなもの。
操縦桿方式の方が良いのではないか?」
という議論も当然出た。
ミッションスペシャリストはともかく、正規の飛行士はそちらの方に慣れているだろう。
この宇宙スクーターのハンドルも、回転させるだけでなく、押したり引いたりと操縦桿的な操作をして、機首を持ち上げたり、俯角を取ったりして進行方向を変える。
今の実験機の形状、バイク式になったのは、体が前に投げ出された時に受け止める為であった。
戦闘機の一本操縦桿は、体が前に行った時に受け止める効果は全く無い。
そもそも戦闘機のような激しい機動をするものを操縦する時は、しっかりと座席に固定されているのだから、操縦桿をストッパーにしようなんて考えない。
もっと別な事を考えて、その機能、操作性やら視界を遮らない事やら引き金の引きやすさ等を考えて最適化される。
新型旅客機のサイド操縦桿も、前に突っ込む体に対しては無意味だ。
旅客機ともなれば、操縦桿より前に計器類があり、更にそれより先にガラスで守られた風防がある。
激しい機動をしない旅客機で、操縦者が前に投げ出される事はまず無いし、そういう事態になっても操縦桿以外のもので防げる。
小型~中型機の、両手操作型操縦桿は採用された。
現在のは、バイクのハンドルと両手握り型の操縦桿の良いとこ取りの仕様である。
バイクのように横に長く、操縦桿のように両端は上に曲がってU字となっていて、体を受け止めやすくなっている。
U字型の先端部から手前の方に曲がって下がる「カマキリハンドル」はどうかという意見もあったが、地上の実験で
「宇宙服着てそこにぶつかったら、ハマって取れなくなる」
「広くし過ぎると両手を拡げての運転となり、操作性が悪い」
という事が分かって、採用されなかった。
もう一個、自動車または船舶のような舵輪型ハンドルも検討された。
こちらも投げ出された体を受け止めるには良い形をしている。
「これは宇宙で使ってみて、どちらが良いか意見を聞いてみよう」
という事になった。
「まあ、確かに元空自とか元航空会社のパイロットの我々でも、自転車は乗れるから、このハンドルも良いよ」
鳥籠での実験の一段前、船内での試し操作でそう話す新沼船長。
いきなり船外、真空で実験はしない。
操作に慣れるよう、船内でシステム起動しない状態での訓練から始める。
最初は機体を固定し、飛行士は船外用作業着を実際に着て、乗ってみる。
次に、拡張軟式与圧室の空間で浮かせながら操作を試す。
三段階目で、拡張軟式与圧室のステーション側ハッチを閉め、テストモードの噴射(圧搾空気で、出力は弱い)を使っての操縦を試す。
その後で、実際に船外に持って行き、徐々に本番モードにする。
2人の飛行士は、交互に跨っては操作を試し、感想を伝える。
「ちょっとスロットル、速度の増減をハンドルのここを回転させてっていうのが不便だね。
厚手の手袋でも操作しやすいようにしたのは理解出来る。
ただ、無重力で回転させようとすると、反作用で体も浮き上がってしまう。
場所と操作法変えた方が良いかもしれないな」
これは岸田副船長の意見だ。
「出し入れする時、ルーフっていうか、ガード用フレームが邪魔だね。
これって、船外に係留するの?
船内から乗り降りして使うの?
どちらかによって変えた方が良いと思います。
今のは、船外活動服に更に予備の酸素まで持って乗り込むと、ちょっと狭く乗り降りに不便。
ハッチを潜るにはフレームが邪魔。
どっちつかずです」
ハッチをスムーズに潜れるかも、拡張軟式与圧室への通路を使って試してみた。
バイクと同様、押して運べるかもエンジン始動させずに試すものである。
「シートの形変えた方が良いかもしれません。
無重力だから、案外無くても良いってのはありませんかね」
第1ステップでも、無重力では色々と見えるものが出て来た。
第2ステップ、第3ステップでも更に出て来るだろう。
実用化に向けたプロセスに沿い、問題を洗い出していこう。




